金融庁の物議を醸した発表
2023年の総務省の統計調査によると、高齢者の就業率は60歳から64歳の男性が84.4%、女性が63.8%、65歳から69歳までで、同61.6%と43.1%となっている。70歳から74歳では、男性で42.6%、女性で26.4%の人が何らかの形で仕事をしている。近年、高齢者の就業率は、右肩上がりという状況だ。
リタイアして悠々自適、旅行や趣味に時間を取ってのんびりと暮らす──バブル期は、特に、こうした風潮が強かった。
1986年、当時の通産省が提唱した「シルバーコロンビア計画」が、その最たる例だろう。定年後、物価の安い海外で悠々自適に生活するという計画だ。
マレーシアやオーストラリアなど気候が温暖な国で、地域に日本人居住区を設け、広い邸宅で、日本では実現できないゆとりのある生活を送るというものだった。
退職金が2000万円、そして年金が夫婦あわせて月20万円……これだけあれば海外で優雅な生活ができるだろうとされたが、結局、この計画は「姥捨て山計画」だと否定されてしまった。
「強い円を武器に日本人が他国に侵出しようとしている」などと、国内外から数多くの批判を浴びたのだ。
遠い昔話のようだが、現在、どれだけのビジネスパーソンが、「老後にはのんびり悠々自適の生活が待っている」と考えているだろうか。それどころか、退職金も年金も心もとない……地震や疫病など、突然の災厄がいつ襲ってくるか分からない……ならば貯金を減らさないように、できるだけ長く働いて、収入を確保し続けたい……そう考える人が大多数だろう。
2019年には、金融庁の発表が物議を醸した。それは、公的年金だけでは、老後資金として、1300万円から2000万円不足するというものだった。
これは、高齢夫婦(夫65歳以上、妻60歳以上)の毎月赤字額の平均値、すなわち約5.5万円に、平均余命の20年から30年を掛けて計算したものだ。しかし、同じ高齢夫婦世帯の平均貯蓄額は約2300万円……ならば多くの人は、貯蓄で赤字分をまかなえる。
しかし、この数字が独り歩きして、ちょっとしたパニックを感じた高齢夫婦も多かっただろう。ことによると、この発表は、近い将来に考えられる年金給付の水準低下を予言するシグナルだったのかもしれない。
文/佐藤優