海の物語を存分に書く
── 極楽寺殿こと北条重時は六波羅探題を務め、松浦党を通じてモンゴルの動静を探ったり、若狭で海上の輸送と水軍を担う波瀬兄弟とのつながりをつくったり、いずれは鎌倉幕府に正式な水軍を、という構想を持っています。「水軍は、見果てぬ夢か」とつぶやいたりもしますが。
見果てぬ夢とは言うけれど、水軍はその前にもあったという話を重時は知っているんです。梶原景時がつくったと言われる梶原水軍です。淡路島の南に沼島っていう島があるんですけど、源平合戦のときに梶原景時がそこで水軍をつくったと言われています。
源氏が屋島の戦いで勝って、壇ノ浦まで攻め込んで平家を滅ぼした。そのとき、水軍が活躍したという話があるんです。それで沼島の領主たちに梶原を名乗ることを許したというんですね。
梶原景時は平家追討の功労者だったから、鎌倉幕府でも重用された。ところが頼朝が死んだら景時も殺されて、水軍もばらばらに散ったんです。それで私は、北条重時がかつて存在し、その後に散った水軍をもう一回集めようとした、と考えたんです。
── 逆に言えば、鎌倉幕府には公式の水軍がなかった。『チンギス紀』が草原の物語だとすると、『森羅記』は海の物語ですね。北方さんと海との関係性もすごく深いとお聞きしています。
私は佐賀の唐津の生まれだから、『森羅記』は生まれた土地を書いているようなものなんです。十歳まで育ったのが佐志という港町で、目の前が海なんですよ。
── 佐志といえば、タケルの一族である佐志氏の本拠地だったとか。海に親しんで育って、執筆拠点の一つに「海の基地」と名付けた別荘があり、そこでは釣りもされて、船にも乗る。『森羅記』には作品全体を通して、北方さんの海への思いが色濃く反映されそうです。
思いは当然あるんだけど、それを抑えようという気持ちもあるんですよ。海のことを書くと思い入れ過ぎちゃうから、専門的なことを書き過ぎてあとで削ったりします。
── 『チンギス紀』にも海が出てきました。それがタケルが故郷を出て身を寄せた礼忠館。チンギスのライバルだったタルグダイが妻のラシャーンとともに立ち上げた海運業でした。
『チンギス紀』に海が出てくるのは礼忠館ぐらいでしょう。『チンギス紀』のときにも海を書きたくて礼忠館を出したみたいなところがありますよ。今回は、玄界灘が舞台と言ってもいいから、思う存分に海が書ける。玄界灘って潮がぶつかっているところだから、のべつまくなし荒れているしね。
── 荒々しい海であれば予想がつかないドラマが展開しそうですね。
水軍がキーになるでしょうね。梶原水軍はあったに違いないという説を唱える人はいますが、実際にはわからないんです。でも、沼島に行ったら梶原姓が残っているので何か関係はあったでしょうね。九州の松浦水軍は実際にありました。波瀬水軍は創作ですけど、ほかにも水軍が出てきます。
── 描かれる海も広いですね。第一巻でも直沽という現在の天津、北京の近くの港まで行きます。
これから、北は黒竜江、南はミャンマーのあたりまで行っているというような感じで広がっていきますよ。
── スケールがどんどん大きくなっていきますね。
小説として考えると、スケールの問題とはちょっと違うんですよ。描く場所が広いからスケールが大きくなるわけではないんです。場所の広さで言えば、どんなに大きくたって地球サイズ。たかが知れている。無限なのは人の心ですよ。
つなげると世界が出来てくる
── 『森羅記』には歴史上の人物と、タケルのような北方さんが創作された人物とがからみあって、どんな物語になっていくのかが楽しみです。歴史的事実との兼ね合いはどうですか。
元寇のころの九州ってそんなに明確な史料があるわけじゃないんです。松浦水軍の佐志一族は現実にいて、佐志将監という官名を代々名乗る有力な家があったのも事実。佐志の周りにいる豪族も実際にあった名前です。その名前を使って人物をつくり、勝手に動いてもらっています。
一巻よりも先の話になってしまうけど、たとえば造船についても書いています。玄界灘を航行する船だから、相当頑丈な船じゃないと渡りきれないわけですよ。そのためには造船に適した材木が必要で、油っけがあって目が細かい材木でなければならない。それがどこにあるかといったら、鹿児島の屋久島。有名な屋久杉がそうなんですよ。玄界灘からはちょっと遠いけど、部品はほかのところでつくらせて、船体は屋久杉でつくるとか、いろいろ考えてます。
── 歴史上、地理的に実在したものがつながって、北方さんの物語になっていくわけですね。
小説を書いていると、つなげることの快感があるんです。つなげると世界が出来てきます。
── まだ一巻なので、これからどんな冒険が繰り広げられるのかが楽しみです。
私も楽しみなんですよ。登場人物たちがどんなふうに生きるのかは自分でも見当がつかないですね。史実は尊重していますが、死ぬなんてまったく思ってなかった人物が、どうしてもここで死ぬしかないということになってしまうこともある。予定通りとはいかないものなんです。
── 『森羅記』の展開は先まで見通せているんでしょうか。
見通せてはいないですね。考えていることはあるけれど、変わると思いますよ。
── 書いているうちに変わるんですね。
まったく変わります。頭の中で考えていても、どうってことはないですよ。一応考えているというだけですから。
── いろんなものがつながって、思っていたことと違う方向に行くかもしれないんですね。
先に進むほどそうなるでしょうね。だから書いていて面白いんですよ。