一人になったときにはじめて流した涙
そこからは子どもを養親に渡して、彼女の母親としての役目は終わった。
「正直、署名した後も同じ施設内にいたから実感はなかったんです。でも翌朝、子どもが養親の車に乗ったのを見て冷静に“本当に行くんだな…” と感じました」
「悲しくはなかったんですか?」と問うと、彼女は言葉を詰まらせながらこう答えた。
「決意を固めていましたし、周りには私と同じような意志の妊婦がいましたから。でも、夜に一人でお風呂に入った時に『もういないんだなぁ』って涙が止まらなかったのを覚えています」
智香さんの気持ちに折り合いがついたのは、子どもを引き渡して2か月後。裁判所からの呼び出しがあり、調査官と面談し、特別養子縁組の承諾書にサインをした時だった。
「調査官から最後に何回も引き止められました。『本当にいいの? 後悔しない?』って。でも散々悩んで自分で決めたこと。私の努力では、父親が犯罪者である事実は変えてあげられない。
署名捺印をして、私が子どもにしてあげられることは全て終わった…と思いました」
「もう何年も前の話ですから」と言いながらも、目を赤くさせ少し声を震わせながら「絶対に後悔しない。泣かない。子どもの未来が優先」と言い聞かせるように語った。
少しの沈黙の後、彼女は「でも…」と口をひらく。
「2年前にも子どもに会っているんです。私の選んだ団体は養子に行った子どもとの交流が認められてるので。戸籍状の関係は他人になってしまうんですが、アルバムをもらったり子どもが希望すれば“産みの親”として会うことも出来るんです。養親との関係も良くて私は恵まれていると思いました」
智香さんは最後に少し声を明るくさせてこう話した。
「よそ様の子どもになって生活しているけど、養親と仲良く暮らしをしていることや笑顔を見て安心しました。
また次に会えるタイミングのときに、恥ずかしくない大人で私はいなきゃいけない。自信を持って会えるように生きていこうって思えるのは生まれてきたあの子のおかげですね」
彼女の表情は決して暗くなかった。未来に目を向けて決断し、今も歩みを止めない智香さんは凛とした表情で部屋をあとにした。
取材・文/伊藤樹莉