産みたい。育てたい。でも“犯罪者の子ども”にしたくない

定期検診で「入籍がなくなり堕ろすことを考えている」と医師に相談すると、産婦人科医は中絶について何も意見しなかったが「なるべく早く決めるように」といい、子どものエコー映像を見せた。

「先生が『ここが顔だよ』と見せてくれました。そう言われると決断が揺らぎました…。正直、金銭的な問題はなかったので、中絶を決められないということは、出産するべきなんだ…と、産むことを決めたんです」

写真はイメージです。
写真はイメージです。

しかし、そう決意した智香さんの頭によぎったのは“生まれてくる子は犯罪者の子ども”であるということだった。

「彼も子どもを望んでいたから、もし釈放されたら、私達を探すかもしれない。そうなったとき、私がどんなに拒絶しても、認知や彼に親権をもたれてしまう可能性がある。そうなると子どもは“犯罪者の子ども”になってしまう。

当時の私は親族の犯罪歴を調べるような職場で働いていたので、父親に犯罪歴があると娘の未来を狭めてしまうかもと思ったんです。産むことを決めたのに『この子は自分の子どもであることが本当に最善なのだろうか?』という疑問が生まれてきました」

娘と一緒に暮らしたいと思う一方、怯えながら生活していく未来も容易に想像できたと当時の心境を吐露した。

「地方で育てる・児童相談所に預ける・海外に行く…自分で育てる選択肢はいくつもありました。でも結局どの選択をしても、私の戸籍に入れる以上、彼に子どもが見つかってしまう可能性がある。

見つからなかったとしても、成長した子どもに父親のことを聞かれたらなんて答えていいのかわからなかった。

そうこう考えていたら、無責任に思われてしまうかもしれないけれど、この子は私とはまったく別の場所で生きていった方がいいのではないか? と思うようになりました」

「育てられる自信がなかったのか?」と問うと彼女はまっすぐな目で力強くこう返した。

「育てる自信があるないなんて関係ないんですよ。実際に自分の貯金と、安定した仕事もあったし、金銭的な問題だったら、いくらでも自分で解決できた。子どものためならとにかく働いて不自由な思いを子どもには絶対にさせない。泥水を飲んだって子どものためならなんだってしますから。

ただ“父親が犯罪者”という事実が一生付き纏うということだけが嫌だった。それだけは私の努力ではどうすることもできなかったから」