トランプはテクノロジーを使いこなす
三牧 今回のカナダG7サミットは、散々語られてきた「G7の終焉」を決定づけたものとして後世に記憶されることになるのではないでしょうか。アジア、アフリカ、ラテンアメリカ…非西洋諸国のプレゼンスが増してきて、BRICSも今、東南アジアの国々も加入して、拡大してきている。これまでもG20やBRICSに比べてG7のプレゼンスが下がっていると言われてきましたが、政治経済的には影響力を薄めているけど、やはり「価値」という次元ではまだG7が世界をリードする立場にあると想定されていた。
しかし今回、理念的な世界のリーダーを自認していたG7が、ここまで明白な国際法に違反したイスラエルによる攻撃を批判しないばかりか、イスラエルの行動の正当性を擁護した。道義的な意味での「欧米の終わり」を告げるG7サミットだったと思います。
既に、イスラエルとそれを幇助し続ける欧米の行動により、ガザでの虐殺が続く中で、「西洋の普遍主義は終わった」と語られてきましたが、今回のG7の共同声明は、問題となっている国がどこかで態度を変えるダブルスタンダードであるだけでなく、「ダブルスタンダードで何が悪い」と居直っている状況ですよね。
こういう時代にあって、普遍的な理念を守ろうとする人たちは、欧米だけでなく、むしろその外に希望をつながなければならない状況です。民主主義の「脱欧米」の必要性に迫られている。むしろ、既に脱欧米が進みつつある現状があるのではないかと。こうした世界状況に、李先生のご著作は見事に応えるものです。
前置きが長くなりましたが、李先生のご質問の「アメリカ政治におけるテクノロジーの現状」について少しお話しします。
2期目のトランプ政権では、イーロン・マスクをはじめ、テック企業のビリオネアたちが富を権力に変えている危険な状況があります。その後マスクはトランプと仲違いし、現在は若干冷えた関係にありますが、法外な富さえあれば、国家の中枢まで近づけること、さらにそうして得た政治権力を生かして、さらに自分のビジネスをさらに拡大することができることを示した。
権力とお金との露骨な結びつきが露わになっています。マスクは言論プラットフォームXをはじめ、テクノロジーを自分の強みにし、影響力と富を拡大しています。テクノロジーが人々のため、民主主義の道具には全くなっていない状況があります。
そしてZ世代においても、テクノロジーはリベラル陣営をむしろ弱めて分裂させるために機能しているのではないか、という李先生の疑問や懸念は私も共有するところです。
2024年の大統領選でそれは露わになりました。私が『Z世代のアメリカ』を上梓したのは2023年でしたが、そこからまた状況は大きく変わった。
SNSと政治といえば、先駆者はバラク・オバマですよね。オバマも最初は政界のアウトサイダーとして、SNSを通じて、草の根的な民主主義で、予備選で民主党古参の議員に勝ち、本選でも勝ち、アメリカ初の黒人大統領となった。あの時はSNSを通じて、それまでは聞かれなかった市民の声も聞かれるようになり、市民の一人ひとりが政治に参加できるようになったと、みんなが夢を抱いたわけです。
その後にサンダース旋風が起きた。進歩的な未来を夢見る若者の圧倒的な支持を勝ち取った。民主党内の対抗馬だったクリントンやトランプに比しても、Z世代の支持でサンダースは圧倒的だった。最大の要因は、彼が掲げた「メディケア・フォー・オール(国民皆保険)」でしょう。国民皆保険制度のないアメリカで「公的医療保障を整備して、誰もが生きられる社会にしましょう」というサンダースの主張は、将来に不安を抱くZ世代にとって希望でした。
アメリカが資本主義に走りすぎて、コモンを限界まで削ってきたことに危機感を覚えている若者たちにとって、サンダースが長年主張してきた社会主義的政策は新しい意味を帯びたのです。
2022年の中間選挙あたりまではそういった状況が続いていたのですが、今回の大統領選になってかなり様相が変わりました。Z世代のトランプ支持が強まった背景は、一言では語り尽くせませんが、大きな要因にメディア、テクノロジーがあったことは否定できない。
トランプは、2020年大統領選挙ではTwitter(当時)、そして2024年の大統領選ではポッドキャストを使いこなした。新しい技術を使うのがうまいというのは否めないところです。トランプはジョー・ローガンやテオ・フォンら男性に人気のインフルエンサーのポッドキャストに出演し、驚異的なビュー数を稼ぎました。ジェンダーに関するトランプの明らかに不適切な発言は、フェミニズムが浸透し、女性の社会進出が進んできたことで周縁化されている若年男性の心に響くものでした。
ターゲットを明確にZ世代男性に絞って、彼らが聞きたいようなことを、面白おかしく言ってのける。トランプはやはり、自分を戯画化するのがうまいので、メディアに乗ったときに映える。世間では、テレビの大統領選討論会が話題になっていましたが、若者はもはや見ていない。見るとしてもSNSで流れてくる切り抜き動画です。実はポッドキャストの方がはるかに視聴者が多く、影響力も甚大だった。
対する民主党側は、ポッドキャストもうまく活用できなかったし、分断を煽ることで勝とうとするトランプの戦略に対し、「どういうメッセージを発信して対抗するか」の方針が、最後までまとまらなかった。メディアの選択もトランプに負けていたし、メッセージの内容も進歩的な未来をうたうオバマ時代からアップデートされておらず、「何か民主党古いよね」という印象を与えてしまったところはあったと思います。