「独り身の50代にとって大事なのは恋よりも健康」
居酒屋で男性ホルモンがギンギンに満ち溢れたオジサマに出会ったときもまた同じ。
お酒を飲みながら「結婚しちゃう?」なんて言われて、キャッキャッしているうちは楽しかったんだけど。
徐々に距離が縮まっていくなかで、そのオジサマに「あれ、もしかしてちょっと本気?」という空気を感じた瞬間、一気に引いてしまう自分がいたりして。
なんだろう、目の前の恋愛めいたものにリアルさが増すと引いてしまうというか。
「始まってしまったらどうしよう」って急に怖くなってしまうというか。
普段はこんだけ働いて、休日はできるだけ実家に帰省して親の介護。
こんなときに恋人がいたら、話を聞いてくれたり、支えてくれるのかもしれない。
でも、今の私はそんなメリットよりも「気を遣う人間がもうひとり増える」というデメリットにやっぱり目を向けてしまう。
で、その人の様子をうかがいながら、嫌われないように気を回しながら、生活することを考えると「もう、いらない、いらない!」になっちゃうっていうね。
この元凶はきっと、単純に“性欲”。
今の私には性欲がないからそうなってしまうのだと思います。
そもそも、性欲というものは恋愛の原動力として必要不可欠なもので。
ぶつかりあうように性を交えながらお互いのことを知り、性欲があるからこそ喧嘩をしても諦めず、性欲に掻き立てられるように関係を築き修復し、体と心を求め合いながら人間は成長していくわけですよ。
だからこそ、その原動力がないなかで恋愛関係を築くのって、本当にすごく大変なんだよね。
性欲がガス欠状態なのは地元の独身仲間もまた同じ。
2〜3年前に「焼き鳥屋で出会った人にときめいた」という話をしたのを最後に、最近はパタリと恋愛の話題が出なくなり、今の私たちが交わす話題と言ったら主に山の話。
昨年も皆で金毘羅山に登ったんですけど、今年の夏は富山の立山登山を計画しているんですよ。
もはや、独り身の50代にとって大事なのは恋よりも健康。
ちゃんと自分の足で立って日々を生き抜いていかないといけない、そんな思いが登山に繋がっているのかもしれない。
また、人間は不思議と歳を重ねると自然に目が向くようになるもんなんだよね。
若い頃は自然よりも街に目を向けて刺激を探し求めていたけど、今はもう、そんな体力がないから。
街に出ても用事を済ませたらすぐに直帰するから。
無駄に街ブラする気力も好奇心も減少の一途を辿るばかりだから。
それよりも、緑に囲まれ、足腰を鍛えながら、フレッシュな空気の中でエネルギーをチャージしたい。今の私は大自然の中で“性”ではなく“生”を感じたい‼︎
性欲を失いつつある今、少しの妄想とトキメキさえあればもう充分。
私は“男”ではなく“山”に抱かれていたい。
山はいい、山は裏切らない、見上げればいつもそこにいて、包み込むような癒しを届けてくれる。
だからこそ、人生や恋愛に疲れた老齢の女達は今日も山へと向かうのです。
器のでかい男(山)に抱かれ、満たされ、心の傷を癒すために……。
聞き手・構成/石井美輪 題字・イラスト/中村桃子 撮影/露木聡子