「期待してないつもりが…お礼がないとやっぱりモヤる」
「おごったときに、“ありがとう”がないと、やっぱり気になってしまう自分がいます」
そう語るのは、教育関係の仕事に携わる40代男性。日頃から若い人たちと接する機会が多く、仕事の延長で食事をご馳走することも少なくないという。
「つい最近も、まさにこのテーマを考えさせられる出来事がありました。30歳前後の人が3名程度いた飲み会で、僕は一次会だけで帰ったんです。そのときに、幹事に“このあと二次会行くなら使って”とお金を渡しました。幹事はその場で“ありがとうございます”と言ってくれたんですけど……。
それっきり、他の人からのお礼の連絡や、二次会で使いましたという報告は一切なかったので、“もしかしてネコババされたんじゃ…”と不毛な考えがよぎったと同時に、そんな自分も嫌になりました(笑)」
もちろん、「お礼がほしい」と思ってやったわけではない。しかし、何もないことに少し引っかかりを感じてしまったという。
「それって結局、自分の中で“お礼を期待していた”ってことなんですよね。そのことに後から気づいて、ちょっとショックでした。大人として“見返りを求めるのはダサい”と思っていたけど、どこかで“感謝の言葉はあってほしい”と思っていたんだな、と」
いっぽうで、IT系企業に勤める別の40代男性は、「お礼」に対して構えすぎるのもリスクがあると話す。
「お礼って、どこかのタイミングで一回言えば十分だと思います。ポスト主の投稿のような、『翌日にも改めて言うべきだ』という主張は、その人の価値観を相手に押しつけすぎている気がしますね。
心の中で『言ってほしいな』と思うのは自由だけど、それを口にしちゃうのは、ちょっと“お礼の強要”になってしまうと思うんです。
私自身は“後輩力”に自信があるタイプだったので、翌日も伝えるようにしてきました。でも、それは“自分がそうしたかったから”であって、人に求めるものじゃないんですよね。だからおごる側の立場になったいまでは、翌日に改めてお礼を言われなくてもまったく気にならないですね」
――かつては「翌日もお礼を伝えるべき」という空気があったが、今ではその感覚自体が薄れつつある。おごられた側とおごった側、双方の声を通じて見えてきたのは、時代とともに「お礼」の形も変わりつつあるという現実だった。
取材・文/逢ヶ瀬十吾(A4studio)