書きたいのは「不可解な友情」
――藍銅さんの作品の読みどころは、ユニークな設定やリアルな描写など多々ありますが、特にキャラクターが魅力的だと思います。モデルなどはいるのでしょうか?
藍銅 朝右衛門のヒントになったアンリ・サンソンは、もともとゲーム『FGO』(『Fate/Grand Order』)のキャラクターとして知りました。半蔵は、山田朝右衛門を出す以上、相方は歴史上有名な忍で、設定に融通がききそうな人をと思って考えたキャラクターです。
朝右衛門と半蔵に関しては、漫画『スパイダーマン/デッドプール』が好きで、ああいったバディもののブロマンスを書きたいなと思ったんです。朝右衛門は闇落ちしてシリアスな時のスパイダーマンで、半蔵は不老不死の謎の人物であるデッドプールという役割ですね。
――そこから来ているんですね。
藍銅 関係性で言いますと、私のイメージでは、朝右衛門がゲーム『逆転裁判』に登場する検事の御剣怜侍 で、朝右衛門の親友である清水紺太夫 が『逆転裁判』の主人公で弁護士の成歩堂龍一 なんです。ゲームの根幹に関わるのでここでは控えますが、御剣と成歩堂は異様なまでの熱い友情で結ばれていて、朝右衛門と紺太夫の繋がりは、あの二人からインスピレーションを得ています。
――半蔵が朝右衛門に執着するのは、半蔵が不老不死であったり、過去に関わっていたなどの理由がありますが、紺太夫の感情に関しては、朝右衛門と同じ師匠についていたという縁にしては、逸脱している気がしました。
藍銅 紺太夫は朝右衛門に、「普通そこまでしないだろう」という感情と行動を向けます。他者からすると理解が及ばないのですが、紺太夫の中では「親友だから」の一言で済んでしまう。「友情って一体何なんだろう」と思うような、不可解なぐらいの友情が好きです。
――朝右衛門に憑 いている死神は、どうやって思いついたのでしょうか?
藍銅 朝右衛門が死の雰囲気をまとっているのは、ミュージカル『エリザベート』で主人公のエリザベートが黄泉 の帝王であるトートに付きまとわれている設定を取り入れています。
あと、音楽ユニット・Sound HorizonのCD『Moira』に「冥王」という曲が入っているのですが、死は全てを等しく愛するけれど、なぜか一人に執着してしまうという趣旨の歌詞で、それにも影響を受けていますね。朝右衛門に取り憑いている死神はもともと男性体で、女性のお幸 に擬態しているのですが、日本神話では女性体のイザナミが人間に死を与えているとされるので、それが無意識にあったのかもしれません。
――主要登場人物の中で唯一の女性であるお幸も大変魅力的でした。朝右衛門はいろいろなものに好かれていますが、化け物の半蔵、犬神憑きの家系の紺太夫、死神と、いずれも普通ではないですし、それぞれが抱いている感情も尋常ではありません。そんな中で朝右衛門は、師匠の娘である年上の女性・お幸に思いを寄せます。
藍銅 お幸はゲーム『ファイアーエムブレム』(『ファイアーエムブレム 風花雪月』)に登場するメルセデス=フォン=マルトリッツというキャラクターが元になっています。メルセデスは信仰心が厚く、周りのみんなを助けてくれる献身的なお姉さんです。ゲームをプレイするうちにメルセデスのことを好きになったので、お幸もお姉さんキャラにしました。
――今までの藍銅さんの女性キャラクターは、妹寄りのかわいい女の子が多かったですよね。
藍銅 そうですね。メルセデス以前とメルセデス以降で、私の気持ちが変わりました。
――『馬鹿化かし』の中でも、死の臭 いがたぎっている家の中で、お幸は陽だまりのように温かい印象でした。
藍銅 『ファイアーエムブレム』は戦争ゲームで、友達同士で殺し合ったりするのですが、その中にメルセデスのようなただひたすら優しいお姉さんがいると、とても心が落ち着くんですよ。私は実況プレイを見るのが好きなのですが、よく見る配信でメルセデスを好きな方がいて、それを見ているうちに彼女をより好きになったという経緯もあります。
――他者の価値観に影響されて、更に好きになったということですね。
藍銅 はい。あとゲームはインプットにもなりますので、流行しているゲームはよくプレイしますし、やっている時は精神が安定するのもいいですね。不安な気持ちでいるよりも、ゲームをやって楽しい気持ちになってから執筆に入ったほうが健全だと思っています。『ファイアーエムブレム』は四百時間くらいプレイしていて、五周目に入ろうとしています。
――主要登場人物の中では少し異質な存在である陰陽師のモデルはいるんでしょうか?
藍銅 彼はストーリー上だと安倍晴明の子孫を名乗っているんですけど、実は『FGO』の蘆屋道満 のひょうひょうとした感じや喋 り方、雰囲気などからヒントを得ています。『FGO』の蘆屋道満は声も良いんですよ。
――好きなキャラクターや関係性を作品に取り入れているんですね。
藍銅 そうですね。ただキャラクターの本質というよりは、エッセンスを取り入れている気がします。
――漫画やゲーム、ミュージカルや音楽などをヒントにつくりこまれた藍銅さんのキャラクターは、関係性や行動原理に一貫性がありますね。連載中に休載がなく話の増加に対応できたのも、キャラクターに矛盾がないからだと思います。
怪異や法話は昔から好きだった
藍銅 『馬鹿化かし』は、最初は朝右衛門を暁右衛門にしたり、服部半蔵も漢字をちょっと替えるなど、リアリティラインに漫画『銀魂』のようなずらしを行う予定でした。もっとコメディ寄りになる予定だったのですが、思ったよりシリアスな話になりましたね。ただキャラクターは変わっていないと思います。あと第二話「ゆび」は、連載中に増えた話です。
――指をコレクションする花魁 の話ですね。これはどうやって思いついたんですか?
藍銅 法話ですね。人間の指を百本集めると悟りを得られると信じた人がいて、お釈迦様がその人を叱りつけて改心させたというアングリマーラの話からです。
――その法話自体は、どうやって知ったんですか?
藍銅 漫画『聖 ☆おにいさん』からです。宗教知識はよく『聖☆おにいさん』から仕入れますね。指というアイテムを花魁の指切りの文化に結びつけ、山田朝右衛門も指などを売る商売をしていたらしいので、繋がるなと思って書きました。
――紺太夫に憑いている犬神の元になる話はあるんですか?
藍銅 犬神は恐らく四国や九州に伝承があります。犬を犬神にするにはいろいろな方法があるらしいのですが、私は首から下を地中に埋める方法を採用しました。犬を飢えさせて最後に首を斬るのですが、そうすると処刑人である朝右衛門に重なると考えたのです。あと、犬神が憑いている紺太夫自体が犬的なキャラクターだということもあります。忠実ですが朝右衛門に異常なまでの感情を持っているので、忠犬と狂犬の裏表ですね。
――半蔵も動物系の妖怪です。
藍銅 半蔵は馬の妖怪なんですけど、馬鹿 という妖怪を元にしています。馬鹿は馬とも鹿ともつかない姿の妖怪ですが、絵巻物にしか出てこないので、何をする妖怪なのかあまり分かっていません。この馬鹿がどんな妖怪なのかをひたすら考えていた時期があり、今回の話に繋がりました。
――デビュー作の『鯉姫婚姻譚』も説話が元になっていて、『馬鹿化かし』にも法話などのエッセンスが入っています。昔から説話や法話、怪異など、不思議な存在や物語がお好きだったのでしょうか?
藍銅 そういったものがずっと好きで、子どもの頃は『妖怪アパートの幽雅な日常』などを読んでいました。ほか、畠中恵さんの『しゃばけ』や夢枕獏さんの『陰陽師』、宮部みゆきさんの江戸怪談シリーズ『三島屋変調百物語』、京極夏彦さんの『巷説 百物語』シリーズなどを愛読しています。