勧誘者に抱いてしまった“家族以上の信頼感”

Nさんと母は、仲のよい親子だった。

詐欺は一般的に、被害者とその家族や親しい人との関係を分断させ、孤立した被害者を囲い込むことで、心理的に支配することが常套手段とされる。しかし、Nさんの母の場合、勧誘者たちの影響下にある間も良好な家族関係が続いており、表面的には何事もないように見えた。

「『あんたといると、楽しいよ』と母はよく笑顔で言ってくれました。その言葉に、母は娘の私を信頼してくれているものと安心していました」とNさんは語る。

Nさんの父の入院中、父の病室で結婚式を挙げた思い出も(写真/Nさん提供)
Nさんの父の入院中、父の病室で結婚式を挙げた思い出も(写真/Nさん提供)

しかし、一度食い込んだ勧誘者の牙は深い。X社に出会う前の5年間ほど、母は乳がんの発覚や、認知症だった夫の介護と死別など、次々と訪れる困難を乗り越えようとする中で、精神的な疲弊を蓄積させていた。

そしてがんの再発への恐怖を抱え、不安定になりがちな心理状態にあった彼女は、詐欺商法のターゲットとなる典型例だった。

X社の勧誘者たちは、そんな母を見逃さなかった。親しみやすさと優しさを装いながら、何年もかけて関係を築き、勧誘員に対し母が自然と“家族以上の信頼感”を抱くまでに至っていた。

「母にとって、その人たちは『理解者』だったのです。がんの再発に怯える母に寄り添うフリをしながら、彼女らは母が気弱な瞬間を狙い、株や製品購入を繰り返させました」とNさんは振り返る。

一方で、母親が大金を騙し取られていることに気づいたNさんは、警察や消費者庁などに駆け込み、助けを求めた。しかし、どこへ行っても返答は決まって同じだった。

「被害にあったご本人からの訴えが必要です」

Nさんは言う。

「本人からの申し立てが大事なのはわかります。ただ実際には、こうした被害に遭っている人が当局へ相談に行くことは、詐欺のマインドコントロールを受けている限り非常に難しいです。本人が窓口に出向くどころか、事実を認めることすら簡単ではありません」

その間にも、被害はますます拡大していった。ようやく転機が訪れたのは2021年12月。

突然、X社から「株の配当金は出ない」という旨の知らせが届いた。それまで「将来的には必ず配当金が支払われる」と言われ続けていた母は、ついに真実に気づき始める。娘であるNさんの本当の言葉が、ようやく心に届いた瞬間でもあった。

その時すでに、払い込んだ金額は1550万円にものぼっていた。

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Nさんの母も、X社によるマインドコントロールが解け、いったんは自分が詐欺商法にあっていると理解したものの、信じていたものが偽りだったという現実は受け入れ難く、動き出すまでには時間がかかった。その間、精神的に不安定になることも増え、双極症(双極性障害とも)の症状や、時折Nさんへ向かって憤りをぶつける姿もみられた。

2021年12月に詐欺商法だと気づいてから、2022年8月に弁護士へ相談できるようになるまで、半年以上の月日が流れていた。ようやくX社やAらを相手取った、Nさんと母の戦いが始まった。後編に続く

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
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