「この水を飲めば大丈夫」信じて騙し取られた1550万円
手口はこうだ。講演会などと称されるX社の勧誘セミナーでは、まず壇上に立つAが、自身の生い立ちや娘の不幸などから始まる“感動”のストーリーを、悲しげな音楽とともに語り始める。
次に、海外にある著名な研究所や医療関係者らしき人物の写真・名前をふんだんにちりばめたスライドを用いて「この水ががん細胞を消滅させる」「飲むだけで再発を防げる」と言いながら「ヨウ素」を含む水が紹介される。
さらにそのヨウ素製品を実際に飲用した患者の「快復事例」の動画が流され、涙ながらに感謝する人の姿がスクリーンに映し出される。こうした演出は、がん患者にとって期待するのに十分な情報となり、製品への信頼感が高まっていく。
また、医師免許を持ったれっきとした医師も、このヨウ素製品にお墨付きを与えていた。
そして最後には、「この製品は特別な人にしか提供できない」という展開で、参加者の購買意欲を煽り始める。「製品は研究段階にあるため、一般にはまだ販売されないが、X社の未公開株を購入する特別な投資家には優先的に提供される」という説明がたたみかけるように続く。
ヨウ素製品による治療効果と、株式投資による金銭的リターン――。希望と利益を同時に提供するこの二重の仕組みに、多くの参加者が高額な株式・製品購入へと引き込まれていった。
2020年5月頃、Nさんの母も、友人(のフリをした勧誘員)に誘われて講演会に参加し、製品購入を決意したとみられる。
「再発が怖かったんよ。がんになってから、いつもその不安が頭をよぎる中で、Aが堂々と自信たっぷりに勧めるこの製品が、希望に見えたの」
そう振り返るAさんの母の言葉は、がん患者である多くの被害者の心理を代弁しており、それにつけこむ業者たちの策略を鮮明に物語っている。
X社が販売したヨウ素製品(飲料水)は、キャップの色によって効能が違うとされていた。「黄色はがん予防」「白色は進行したがんの治療用」との説明だが、その効果を裏付ける科学的証拠は一切存在しない。
特に白色は特別会員(月額5万円の支払いが条件)にのみ販売される限定製品とされ、末期がん患者の心をつかむとともに、購入者に「製品には稀少価値がある」と思い込ませるための巧妙な仕掛けだった。
Nさんの母は「この水でがんの再発を防げる」と信じ、黄色キャップの製品の購入を続けた。未公開株の方は最初に300万円、すぐに700万円…と立て続けに購入し、その後も100万円単位で何度か、Aらの口座へ振り込んだ。そんな状態が1年以上続いた。
2021年2月、Nさんが母の家でたまたまX社の未公開株の申込書を見つけたことで、事態が発覚した。Nさんが何度も「母さん、これは詐欺だよ」と忠告しても、母は聞く耳を持たなかった。講演会での感動的な体験談、再発への恐怖、そして高配当という未来への期待感――すべてが母の目を曇らせていた。