「Dは発給申請への不同意書を出していた」
DはA子さんに脅迫文も送りつけてきた。鈴木議員が入手したメールには、A子さんとDの双方の両親の名前を挙げ「全員有罪だ」と記されていた。さらに、A子さんに向けては、「お前に、ゆっくりとものすごい痛みを伴う死が訪れることを望んでいる。その前にお前の悪夢に俺が出てくることになる。その日は近い」と常軌を逸した言葉が並んでいる。
緊迫した空気の中、GOは2024年12月になって、決定を出すために必要な最後の手続きを25年3月に行なうとA子さん側に通知してきていた。「ハーグ条約上の問題はクリアできるとの明るい光は射していましたが、その先に大使館がパスポートを発給するかは見通せていませんでした」と、Bさんは事件直前の状況を語る。
現地の公的機関の裁定に望みをつないだA子さんだったが、そうせざるを得ないと彼女に思わせた大使館の対応に大きな問題があった可能性があることが、殺害された後になって分かった。
「外務省ホームページには、未成年の子の旅券発給申請は両親のうち一人の署名でいいと書かれています。ただし、もう一方の親権者が子どもの旅券申請に同意しない意思を示していれば、この親権者の同意も発給には必要となるとなっています。
今回、2人の子の旅券発給申請はA子さんの署名だけで足りるはずです。しかし大使館は『元夫の同意をもらってこい』と拒んでいます。これは、元夫側から申請に同意しないとの意思表示が大使館に出されていないとあり得ない対応です」(現地関係者)
そこで集英社オンラインは大使館に①なぜA子さんに対しDの同意が必要だと求めたのか、②Dから申請に同意しない意思表示があったからではないのか―と書面でたずねた。
これに対し、外務省報道課が2月22日、いずれも「プライバシーの観点から」答えないと伝えてきた。
しかし匿名を条件とする関係者は、「Dは発給申請への不同意書を出しており、そのことを大使館はA子さんに伝えていなかった」と証言した。事実とすれば、A子さんは根拠を隠した状態で申請を拒まれていたことになる。
この証言を聞いたBさんは憤りを隠さない。
「彼女が私たちに説明した大使館とのやりとりの中には、Dからの不同意書の話はまったくありませんでした。私たちもそうですが、彼女もそのような制度があること自体まったく知らなかったはずです。話が出ていれば私たちに言わないわけがありません。
もしこの話が大使館からA子さんに伝わっていたら、彼女はパテント協会の弁護士に伝え、大使館と交渉してパスポートを出してもらう道をあきらめなかったはずです。でも知らされなかったがために彼女は『もう(大使館は)いいよ』とあきらめたのだと思います」(Bさん)
そのパテント協会の弁護士も鈴木議員側の聴き取りに対し、「不同意書のことはA子さんから聞いたことがない」と話している。