歴史を物語としてだけ消費してほしくない

――遊郭のことを調べていくうちに感じた、印象的なことはありますか?

遊郭と呼ばれる場所は明治の初め頃には600箇所弱に達していました。少し大げさですが「ない場所はない」状態です。私はこのうち約500箇所へ現地へ赴いて取材しましたが、実感として、地元の人ほど無関心です。

例えば、ここ吉原では、戦後の娼婦たちが結成した労働組合があって、昭和31年に公布された売春防止法に猛反対しました。娼婦たちにとっては、売春防止法が施行されると、職を奪われるだけでなく、犯罪者扱いされてしまう。

もちろん嫌いな仕事ですが、例えば先の大戦で夫や父親を亡くした子持ちの女性を雇って満足な給料を払ってくれる会社がどれほどあったか。吉原は生き延びるために大事な仕事でもあった。

誤解ないよう言い添えると、セーフティネットだから吉原を残すべし、ではなく、吉原がセーフティネットになってしまう社会を是正することが先である、という主張です。

これは昔の話ではなく、1956年、たかだか70年前の話です。でも、今回の大河がそうであるように、私たちは絢爛豪華で自由奔放に描かれる江戸時代が大好きで、お爺さんお婆さんの時代のことをとっくに忘れようとしている。

――カストリ書房で遊郭関連の書籍を買い求めるのは、女性のほうが圧倒的に多いと聞きました。

購入者の9割は女性です。想像にはなりますが、やはり自分ごととして捉えているからではないでしょうか。一方の男性は、歴史や社会学の棚ではなく、エロチックな本や風俗のハウツー本などの棚に直行する方が多いですね。

カストリ書房では書籍の販売だけでなく、資料の貸出も行なっている
カストリ書房では書籍の販売だけでなく、資料の貸出も行なっている
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――最後に、『べらぼう』をきっかけに遊郭へ関心を持った人へ伝えたいことは?

ぜひ、吉原遊廓跡に足を運んで欲しいですね。東京都以外にお住まいであれば、近所に残っている遊廓跡へ。本を売る仕事をしていながら矛盾したことを言うようですが、本で得た知識は大切だけど、それがすべてではない。

実際にその場に立ってみれば、感じるものがあるはずです。するとさらに興味が湧く。本と現場の往復を繰り返すたび、「歴史」はもっと喜びを与えてくれるはずです。傾向として、遊郭だけの話ではなく、あらゆる歴史に言えることですが、多くの人が歴史を物語に置き換え、その物語だけを受け継いでいるような気がします。

物語だけを観て、現実感のないまま「江戸時代のファンタジックな吉原って素敵」という思考になってしまうような。ですので、歴史に興味を持ったら、物語だけを消費するのではなく、史実にも当たってほしいなと思います。

取材・文/おぐらりゅうじ

カストリ書房■遊廓・赤線・歓楽街といった遊里史に関する文献資料を専門に販売する日本唯一の遊郭専門書店。2014年、幻とされてきた『全国女性街ガイド』を約60年ぶりに発掘・復刻するなど出版も精力的に行なっている。
カストリ書房ホームページ:https://kastoribookstore.blogspot.com/