「民主的か独裁的か」も判別制に差を生む

一方、大砲も攻撃・防御判別性が高い兵器です。大砲は相手を攻撃するためにしか使えない、純粋な攻撃用兵器だからです。大砲をたくさん持っている国は、明らかに「自分たちを攻撃しようとしている」と他の国々に伝わります。

これが平和をもたらすわけではありませんが、少なくとも他国に防御体制を整える余地を与え、攻撃が成功する可能性を下げる=戦争の可能性を下げることになります。

しかし、攻撃・防御判別性と兵器の関係には、ある問題があります。それは、すべての兵器が防壁や大砲ほど使用目的がわかりやすいわけではないことです。例えば、戦車を思い浮かべてみてください。

戦車は相手の国に入って攻撃することもできますが、自国に侵入してきた敵軍を撃退するためにも使えます。よって、戦車は持っているだけでは攻撃しようとしているのか、防御しようとしているのかがわかりにくいのです。

あるいは、もっと広い視点で、ある国が「民主的か独裁的かどうか」も判別性に差を生み出します。

まず、民主国家は意図を掴みやすいです。なぜなら、民主国家では政治家が何をしようとしているのかを国民に説明しなければならないからです。政治家は選挙で「何をやりたいか」「国をどうしたいか」をはっきり言う必要があります。また、もし政治家が嘘をつくことがあれば落選してしまいます。

他の国との戦争の準備をするにしても、指導者は国民に対して「なぜ戦うのか」「どうやって戦うのか」をしっかり説明します。民主国家では、このように情報公開がなされるので、他の国から見ても、その国が何を考えているのかがわかりやすいのです。

金正恩氏
金正恩氏

一方で、独裁国家の意図は掴みにくいです。独裁者は選挙で決まるわけではないので、公に自分の考えを説明する機会が少なく、嘘をついても罰を受けません。国のニュースや情報も独裁者が検閲できるので、それらが国民や他国に伝わりません。

また、独裁者は自分一人で物事を決められるので、気分次第で判断が変わったり、曖昧な情報を元に判断したりと、行動が不安定で予想できません。