勢力均衡論最大の謎、アメリカ
勢力均衡論は、国際政治を説明する上で説得力のある理論です。実際に、16世紀以降スペイン、フランス、ドイツ、ロシア(ソ連)などが圧倒的な勢力を持って台頭したものの、周辺国が対抗連合を組んで覇権の阻止にすべて成功しました。
ところが、現代の世界ではこれに矛盾するように見える現象が発生しています。それは、アメリカに立ち向かう対抗連合が存在しないことです。冷戦が終わってから、アメリカは「唯一の超大国」として絶大な勢力を誇っています。それにもかかわらず、世界には複数の国が協力してアメリカを抑えようとする動きが見られません。
もちろん、アメリカに反抗する国々は存在します。イラン、北朝鮮、ロシア、そして中国はその最たる例でしょう。しかし、それでも「連合」は欠如しています。つまり、どの国も部分的な協力はしつつも、基本的には個別に行動しており、対抗連合と呼べるほどの団結はしていないのです。
これに加えて不思議なことがあります。それは、中国やロシアへの対抗連合は形成されていることです。「対米包囲網」という言葉はあまり聞きませんが、「対中包囲網」という言葉はよく聞きます。
勢力均衡論に基づけば、潜在覇権国(将来的にすべての国を支配する勢力を持つ覇権国になるかもしれないほど強い国)の定義に当てはまるのはアメリカであるはずです。アメリカをこのまま放置していれば、やがて覇権国になって世界を征服してしまいます。本来であれば、世界中の国がこれを恐れるはずです。しかし、多くの国はアメリカを抑え込もうとするどころか、むしろ協力しています。
一見これは、勢力均衡論に矛盾しているように思えます。ただ、依然として勢力均衡論は間違っていません。なぜなら、間違っているのは「アメリカが潜在覇権国である」という前提だからです。要するにアメリカは「潜在覇権国」と呼べるほど強い国ではないということです。