ドラマティックだった「M-1」
今回の「M-1」のドラマ性を高めたのが、ファーストラウンドの1番手から3番手までの出番順を決める抽選「笑神籤(えみくじ)」だ。
抽選者の役目を担ったのが、東京五輪、パリ五輪の柔道66kg級金メダリストの阿部一二三選手。
阿部選手は、自分と同じように「令和ロマンに連覇して欲しい」とコメントしたあと、「笑神籤」で令和ロマンをトップバッターで引いたばかりか、前年準優勝で「打倒・令和ロマン」に燃えるヤーレンズを2番手で、悲願の優勝を目指す4年連続ファイナリスト・真空ジェシカを3番手で立て続けに導き出した。
序盤で優勝候補を3連発で出した“引きの強さ”は、今大会を神回化させた影の立役者である。
特に、令和ロマンが2年連続トップバッターに選ばれた効果は大きかった。
例年、審査員は後々の出場者への点数配分も考えて、トップバッターへの採点は意識的に控えめになる(基準点は90点とよく言われている)。
しかし王者・令和ロマンが出てきて、しかも想像以上に隙がないパフォーマンスを見せたことで、点数は高騰化。
ただ、審査員的には逆に「これを上回る漫才はそうそう出てこないだろう」と、基準点ではなく自分の中での上限点を決めることができたのではないだろうか。
令和ロマンがトップバッターになったことで、審査員としても腹を括るところがあったように感じる。
それにしても、あらためて実感したのが令和ロマンの憎らしいほどの強さ。
筆者が知る限り、真空ジェシカがファーストラウンドで披露した「商店街」、バッテリィズが最終決戦で披露した「世界遺産」は、両コンビのここまでのキャリア史上、最高傑作級のネタである。
それでも令和ロマンは、ファーストラウンドで真空ジェシカの1つ上の順位をいき(2位)、最終決戦でバッテリィズも退けてみせた。
そんな令和ロマンのすごさは、ネタをモノにしていくまでのスピード感と調整力だと筆者は思っている。
今回の決勝ネタ2本はいずれも10月に作られたものだと聞く。これは令和ロマンが優勝した7月開催「第45回ABCお笑いグランプリ2024」のときも感じたことなのだが、筆者はその2日前、「ABC」のファイナルステージで披露されたネタを劇場公演で鑑賞していた。
そのときのウケはそこまで爆発的ではなかった。なんなら共演していた、さや香のコント、華山の漫才の方が笑いが大きかった。
ただそれからわずか2日で、ネタが一気に洗練されていた。本番では、2日前とは異なる印象に仕上げていて、爆笑を集め、優勝を手にした。
今回の「M-1」でも、ネタを仕上げるスピード感と調整力の高さがあるからこそ、10月に作ったネタであっても、ライバルたちを上回れたのではないか。
また令和ロマンは今大会で、自分たちをラスボスに位置付け、「終わりにしましょう」と絶望感を与える台詞を口にし続けてきた。
ただ「終わり」は「始まり」でもある。
事実「M-1」は、2023年末から続く「令和ロマン時代」を経て、2025年大会で新たな王者を迎えることになる。
20回目の開催という節目を迎えた2024年大会は、旧来の「M-1」と新しい「M-1」が入りまじった時期と言って良いのではないだろうか。
偶然にも、「M-1」の看板でもあった審査員長・松本人志(ダウンタウン)が芸能活動休止によって一旦その座から降りた。さらに審査員数は、7人制から9人制へ。
漫才分析に長けたNON STYLE・石田明、「ミスター『M-1』」の笑い飯・哲夫が2015年大会以来2度目の審査員、そしてオードリー・若林正恭、かまいたち・山内健司、アンタッチャブル・柴田英嗣が新たに加わった。
「審査員が多すぎるのでは」との危惧もあったが、蓋を開けてみればそれぞれ実にスマートな言い回しで出場者の漫才を評した。
特に、バッテリィズに対する石田の審査評は素晴らしく、ダイタク、ジョックロックとの比較を恐れることなく口にし、予想していないタイミングで笑わせてくるバッテリィズの漫才のすごさとうまさを言い表していた。
大胆な「審査員改革」は成功を収めたと言って良く、「これからの『M-1』のあり方」の幕開けを告げたようだった。