自爆テロで一番美味しい思いをしているのは…

なぜ、ナイジェリアで凄惨な悲劇が続くのか。

その2カ月前、私はナイジェリア中部の首都アブジャにいた。軍出身のブハリの大統領就任式典で、壇上に上った新大統領がボコ・ハラムの撲滅を宣言すると、詰めかけた数千人の観衆から一斉に拍手が巻き起こった。

しかし、どんなに政府が前線に特殊部隊を送っても、周辺5カ国が約7500人態勢の連合軍を創設しても、ボコ・ハラムはいっこうに弱体化しない。

「本当は誰もボコ・ハラムの撲滅なんて望んでいないのさ」とアブジャを拠点にするナイジェリア人ジャーナリストが教えてくれた。

「ナイジェリアはもともと、イスラム教徒が多く暮らす資源が乏しい北部と、キリスト教徒たちが住む資源が豊かな南部に分断され、互いが憎しみあっている。豊かな南部の人間は、自分たちの税金が北部のボコ・ハラム対策に浪費されることを嫌っている。彼らにとって、北部の市民やボコ・ハラムなんてどうでもいい存在なんだ」

ナイジェリア中部の首都・アブジャ 写真/​​Shutterstockよりイメージ
ナイジェリア中部の首都・アブジャ 写真/​​Shutterstockよりイメージ
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一方、北部カノに拠点を置く海外通信社のベテラン記者はこんな見解を口にした。

「軍にはいま、ボコ・ハラム対策で膨大な予算が付いている。北部には軍の駐屯で多額の資金も落ちている。『悪』を必要としているのは、むしろ軍や北部の有力者たちだ。彼らが必要とする限り、ボコ・ハラムは北部に存在し続けるし、結果、テロが終わることもない」

ユニセフの報告によると、ボコ・ハラムは武装集団となった2009年から2015年までにテロで1万5000人以上の市民を殺害している。他方、アムネスティ・インターナショナルの報告によると、ナイジェリア軍もまた、対ボコ・ハラム作戦で市民を拷問し、8000人以上を虐殺している。

現地を訪れると、その矛盾を痛烈に感じる。北部には政府による極度の汚職がはびこり、市民は至る所で軍や警察から賄賂や便宜を強要される。軍に家族を殺されても、市民は何一つ文句が言えない。多くの市民は自国の政府にこそ憤っている。

ボコ・ハラムが北部で台頭している真の理由。それは北部の市民や若者たちがむしろ、自国の政府から家族や生活を守るために、ボコ・ハラムに身を投じているせいではないのか─。

「本当はみんな気づいているんだ」と北部カノを拠点に活動する女性ジャーナリストは言った。「少女たちの体に自爆ベルトを巻きつけて、遠隔操作のボタンを押している奴らは、間違いなくボコ・ハラムだ。でも、その自爆テロで一番美味しい思いをしているのは、ボコ・ハラムでもイスラム教徒でもない。首都のオフィスでスーツを着ている軍や官僚、一部の有力者たちなんだってことを……」

女性ジャーナリストの見解を聞きながら、私は嘔吐しそうだった。

彼女の言葉がもし正しいのだとすれば、少女たちは軍や政府の有力者たちの地位や予算やマネーゲームのために、その細い肩に今日も爆弾を装着されることになる。

文/三浦英之『沸騰大陸』より抜粋 構成/集英社学芸編集部

『沸騰大陸』
三浦 英之
『沸騰大陸』
2024/10/25
2,090円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4087817607

「生け贄」として埋められる子ども。
78歳の老人に嫁がされた9歳の少女。
銃撃を逃れて毒ナタを振るう少年。
新聞社の特派員としてアフリカの最深部に迫った著者の手元には、生々しさゆえにお蔵入りとなった膨大な取材メモが残された。驚くべき事実の数々から厳選した34編を収録。
ノンフィクション賞を次々と受賞した気鋭のルポライターが、閉塞感に包まれた現代日本に問う、むき出しの「生」と「死」の物語。
心を揺さぶるルポ・エッセイの新境地!

目次

はじめに 沸騰大陸を旅する前に

第一章 若者たちのリアル
傍観者になった日――エジプト
タマネギと換気扇――エジプト
リードダンスの夜――スワジランド
元少年兵たちのクリスマス――中央アフリカ
九歳の花嫁――ケニア
牛跳びの少年――エチオピア
自爆ベルトの少女――ナイジェリア
生け贄――ウガンダ
美しき人々――ナミビア
電気のない村――レソト

第二章 ウソと真実
ノーベル賞なんていらない――コンゴ
隣人を殺した理由――ルワンダ
ガリッサ大学襲撃事件――ケニア
宝島――ケニア・ウガンダ
マンデラの「誤算」――南アフリカ
結合性双生児――ウガンダ
白人だけの町――南アフリカ
エボラ――リベリア
「ヒーロー」が駆け抜けた風景――南アフリカ

第三章 神々の大地
悲しみの森――マダガスカル
養殖ライオンの夢――南アフリカ
呼吸する大地――南アフリカ・ケニア
「アフリカの天井」で起きていること――エチオピア
強制移住の「楽園」――セーシェル・モーリシャス
魅惑のインジェラ――エチオピア
モスクを造る――マリ
裸足の歌姫――カーボベルデ
アフリカ最後の「植民地」――アルジェリア・西サハラ

第四章 日本とアフリカ
日本人ジャーナリストが殺害された日――ヨルダン
ウガンダの父――ウガンダ
自衛隊は撃てるのか――南スーダン
世界で一番美しい星空――ナミビア
戦場に残った日本人――南スーダン
星の王子さまを訪ねて――モロッコ

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