自室前で母親絶叫「どうしてわかってくれないの⁉」ストレスで不眠症に

 舞さんの唯一の息抜きはピアノだった。1日3時間以上演奏をする日もあった。ピアノに関しては母親も協力的だった。それでも、息抜きの演奏が長時間に及ぶと「いい加減に勉強しなさい!!」と絶叫に近い形で怒鳴られた。ゆっくりと体と心を休める時間がなかった。

毎日十分に勉強をしている。それでも、少しでも気を抜くと「もっとがんばれる!」と母親の檄が飛んできた。

「小さい頃から、自分の気持ちを伝えられない子でした。母が怒ると、何も言わずに自分の部屋に閉じこもります。すると、母はさらにヒートアップして、私の部屋の前で自分の苦しみを訴え始めるんです。『ママはこんなにがんばっているのに、どうしてわ かってくれないの!?』『ママがどれだけ舞のためにやっているか、わ かってる!?』と怒り続けます。私は何も言えずに、ただただ部屋に閉じこもっていました」

舞さんの父親も中学受験には賛成していた。しかし、母親の極端な教育方針やヒステリックな対応についていけず、夫婦喧嘩が絶えなかった。

そして、子どもが成人するまでは離婚しないというルールのもと、父親と母親はほぼ会話をしなくなった。夫婦仲が悪くなるほど、母親は舞さんにすべての夢を託した。中学受験は、母親にとってもはや自分ごとになっていた。

「私が小学校に行っている間に、母は塾の学習内容を確認してカリキュラムを作っていました。私が間違えた問題を元に、私専用の問題集も作っていましたね。私の苦手な単元は、公式などを書いて表にしていました」

当時、舞さんの部屋は母の手書きの学習表で埋め尽くされていた。

「ダイニングにも、大きな手書きの表が貼ってありました。その表を見ながら、毎日食事をしていました」

A中学を志望校に、勉強漬けの日々は更に続いた。6年生になったある日、舞さんはあまりの腰の痛みで椅子に座れなくなった。

整形外科を受診すると、座りすぎとストレスが原因と診断。定期的に病院に通いながら受験勉強を続けた。

受験当日が近づくにつれて、腰痛に加えて今度は不眠症の兆候も現れ始めた。

「勉強をしていない時間が怖いんです。休んでいる自分が許せなくなっていました。もっともっとがんばらないと、と常に気持ちが休まらなくて、寝られない日々が続きました」

腰を痛め不眠が続いたが、舞さんはA中学に見事合格する。念願だったA中学の合格。しかし、母親の一言が舞さんを奈落の底へ突き落す。

ヒステリックに怒る母親(写真はイメージです)
ヒステリックに怒る母親(写真はイメージです)