「私はスターになれる人間じゃない」

1939(昭和14)年、宝塚歌劇学校を卒業して初舞台を踏んだばかりの越路吹雪は、岩谷時子と出逢った。

同年、大学を卒業した岩谷が就職したのは宝塚歌劇団の出版部で、ファン向けの雑誌『歌劇』の編集者になった。

宝塚では稽古場と編集部の部屋は近く、出番の少ない初舞台生たちがデスクに遊びに来ることが日課だった。

いつかサインを求められるスターになることを夢見ていた彼女たちの中に、「コーちゃん」と呼ばれる背の高い女の子がいた。本名が「河野美保子」という、越路吹雪である。