昨年、夏の甲子園で107年ぶり2度目の優勝を果たし喜ぶ慶應高校野球部。(写真/共同通信社)
昨年、夏の甲子園で107年ぶり2度目の優勝を果たし喜ぶ慶應高校野球部。(写真/共同通信社)
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今年も熱い夏がやってくる。甲子園大会の季節である。全国各地の地方大会を勝ち上がった49代表校が「聖地」に集い、日本一の栄冠を目指して熱戦を繰り広げる。

私はスポーツ報知のアマチュア野球キャップとしてこの夏、4季連続22度目の甲子園取材を行うことになった。大会期間中は開幕戦から決勝までの17日間、甲子園のネット裏記者席で過ごす。尋常ならざる酷暑は50歳の肉体には堪えるが、奮闘する選手たちや指導者の方々のチームを想う気持ちに触れるたび、全身を覆っていたはずの疲れは吹っ飛び、筆は躍る。

2023年の夏もそうだった。

その年の1月から取材を重ねてきた慶應高校野球部。彼らの快進撃に心を奪われた。「高校野球の常識を覆す」と意気込んだ若者たちは、ピンチでもいい表情で大舞台での戦いを心底楽しみ、勢いのままに頂点へと上り詰めた。

なぜナインは重圧に負けることなく、快活な表情で躍動できるのだろうか。ベンチ入りを逃し、アルプス席でメガホンを叩く部員たちは、なぜそれほどまでに大きな声でレギュラー陣に声援を送れるのだろうか。

「サラサラヘア」や「卒業生の熱烈な応援」が主な話題を集める中、強さの本質に迫りたいと関係者21人に計33時間のインタビューを行い、このほど書き下ろしたのが『慶應高校野球部「まかせる力」が人を育てる』(新潮新書)である。その組織論、教育論を掘り下げた一冊は、スポーツノンフィクションの枠にとどまらない、ビジネスパーソンや子育て中の保護者の方々にも、多くの「気づき」が得られる内容になったのではないかと自負している。

慶應高校野球部から、我々中間管理職が部下との接し方について、学べることとはどんなことだろうか。その一端を紹介させていただきたい。

著者の加藤氏。初の著作でロングセラーとなった『砂まみれの名将 野村克也の1140日』に続く2作目となる。
著者の加藤氏。初の著作でロングセラーとなった『砂まみれの名将 野村克也の1140日』に続く2作目となる。
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慶應高校野球部から中間管理職が学べることとは?

◆失敗の機会を奪わない

若手社員をどう育成すればいいのか。これは組織にとって永遠の課題だ。
ただ一つ言えることがある。失敗によって人は育つ。野村克也さんは「失敗と書いて『せいちょう』と読む」という名言を残した。

森林貴彦監督の指導理念もそうだ。私のインタビューにこんな話をしてくれた。

「監督のおかげでまとまったとか、監督の言った通りにやったら打てましたとかいう経験って、させてもほとんど意味がないと思っています。『自分たちでやったけど、うまくいかなかった』の方が、意味がある」

大切なのは致命的にならない範囲で「ちゃんと失敗させるシステム」だ。まかせて、思考させる。苦悩の中で出した結論はそれが成功でも失敗でも、自らの学びになる。

真の失敗は、若き日に失敗の機会を経ることなく、傷つくことなく大人になってしまうことだ。失敗を恐れて打席に立たないことよりも、3度フルスイングする姿勢をたたえたることで、組織内にチャレンジングな空気は醸成される。

◆リーダーは「上」ではなく「横」に

昨夏の甲子園では正捕手として日本一に貢献し、慶大進学後も東京六大学野球春季リーグ戦で活躍した渡辺憩は、森林監督の指導についてこう証言してくれた。

「森林さんは良くも悪くも僕たち選手と結構、距離が近いんです。強豪校はどうしても監督が上で、逆らえない感じが多いと思うんですが、森林さんは上にいない。いつも、横にいるんです」

組織人として最も大切なのは「報告」「連絡」「相談」。しかし上下の距離感から、この連係がしにくくなることは避けたい。リーダーが「横」から寄り添えるような関係性を築けば、風通しは自ずと良くなるだろう。

森林監督は「コミュニケーションの入り口は観察だと思っているんです」と話す。部下との会話が「暑いね~」「パリ五輪見てる?」となるのも決して悪くはないが、できれば普段の観察を生かした、中身のあるものにしたい。「自分の頑張りをしっかりと見てくれているんだな」と若手に伝われば、モチベーションも自ずと高まっていくことだろう。

◆「全て自分がやる」から「まかせる」リーダーに

本書で「まかせて伸ばす」指導法を語ってくれた森林監督だが、就任2、3年目は「全部自分でやりたかったんです」と言う。

「メンタルトレーニングも自分で勉強して、自分の口で伝えたいと思っていましたし、ウエイトトレーニングもそう。自分で学んで、指導していましたから。だけど3年経った時、『これは無理だな』と。今は無意識のうちに人を巻き込むことしか考えていない(笑)。だって、一人はちっぽけじゃないですか」

私にも心当たりがある。中間管理職になりたての頃、若手に業務を託した結果、ミスが出てしまったことがあった。「俺が自分でやった方が早い」と仕事を抱え込んだ結果、心身がパンクした。思い返せば若手のミスも、私の指示が的確でなかったからかもしれない。自分で業務を抱え込んだのは自己満足で、組織としては有効な手立てでなかった。

ならば爽やかに人の手を借りて、その成果に感謝の気持ちを表したい。適材適所に人を配置し、最大限の効果を目指す。一人ひとりが前向きに課題へと取り組む「全員で戦う組織」になっていけば、自ずと成果は出るだろう。

高校球児に敗者は一人もいない

慶應高校はこの夏、神奈川大会の5回戦で桐蔭学園に敗れ、甲子園行きの夢は破れた。1学年上が成し遂げた全国制覇という偉業。今の3年生たちは再び聖地の土を踏むことができなかったが、チーム一丸の強い組織を目指して試行錯誤を繰り返した日々は、必ずや後の人生を生きる上での糧となるはずだ。

高校野球をやり遂げた全ての選手において、真の意味での敗者は一人もいない。困難に立ち向かい、白球に魂を込めた尊敬すべき若者である。彼らから学ぶことは多い。

この夏、野球の神様は100年目を迎えた甲子園球場の地に、どんなドラマを用意しているのだろうか。戦いを終えた肉声に耳を傾け、彼らの青春を描いていきたい。

話題の一冊、『慶應高校野球部「まかせる力」が人を育てる』

【夏の甲子園、開幕!】昨年の優勝校・慶應高校野球部の組織論から、中間管理職はじめビジネスパーソンが学べることとは?_3

「高校野球の常識を覆す!」を合言葉に、慶應高校野球部は107年ぶりに全国制覇を成し遂げた。彼らの「常識を覆す」チーム作りとは、どんなものなのか? なぜ選手たちは「自ら考えて動く」ことができるのか? 選手、OB、ライバル校の監督等、関係者に徹底取材。見えてきたのは、1世紀前に遡る「エンジョイ・ベースボール」の系譜と、歴代チームの蹉跌、そして、森林監督の「まかせて伸ばす」指導法だった。

書籍の詳細はこちらから。

※「よみタイ」2024年8月6日配信記事
文/加藤弘士

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