料理には「旨味」の料理と「香り」の料理がある

──「異常な量を食べ歩く変なヤツがいる」とマスコミ関係者の耳に入ったことから、『美食の王様』の出版につながり、ヒット。来栖けいの存在はいろんなメディアでも話題になりました。その後、自らレストランをオープンし、“食べ手”から“作り手”にシフトしたのはなぜでしょう?

“食”の世界に疑問が出てきたからです。メディアで、やたらと料理人が持てはやされることも、それをめちゃくちゃ浅いレベルで評論する風潮もなんか違うなと。で、誰にやれって言われたわけじゃないけど、勝手な使命感で食べ手をやめて作り手に回り、食の本質を伝える料理を出していこうと思ったんです。

──食の本質を伝える料理とは?

前提として、まずみんな美味しいものを作ろうと思いすぎ。美味しいものっていうのはパズルと一緒でピースを当てはめていく、要は足りない味を補っちゃえば簡単に作れます。だから僕のなかで美味しさは最低条件。大事なのはその先で、素材の持っているものを生かし、伝えきれているかってことに僕は徹しています。だから基本素材は組み合わせない。

例えばおいしいトマトがあっても、そこにウニを合わせたら個性が半減して、トマト本来のよさが薄まってしまう。もっというと、トマトは畑でもぎたてを食べるのが1番美味しいんです。でも、それはただの素材で料理ではない。

なので調理によって採れたてのトマトよりもいかにおいしく仕上げるしかない。うちはそこに徹しているので、どこにもない料理になるんですよ。

話題は自然の美味しさについて
話題は自然の美味しさについて

──それって自然の美味しさを超えた美味しさを素材から引き出すってことですよね。どうしたらそんな料理を作れるんでしょう?

料理には鉄則があって、素材の香りのない料理って美味しくないんですよ。でも世の中の料理の9.5割は旨味の料理で、さっととった一番出汁のお椀なんかはまだ香りがあるけど、最近のほとんどの和食は旨味だけで香りが残っていません。

フランス料理も1日かけて作ったコンソメスープとか、材料を全部仕込んじゃうから旨味は出るけど香りはなくなってしまう。

香りづけにハーブを使ったり薪で焼いたりした料理も、それはハーブや薪の香りであってメインの食材の香りじゃありません。旨味と香りって反比例しちゃうんですよ。

じゃあ、香りの料理を作るためにはどうするか。まず短時間で作らないと無理なので、うちはオマール海老のビスクは5分で作ります。作り方はオマール海老をぶつ切りにして、フライパンで焼いて、ミキサーに入れて、水と塩だけで回してこして、完成。それだけです。

調理前のオマールエビ (C)Bon.nu
調理前のオマールエビ (C)Bon.nu
オマールエビが珠玉のビスクに (C)Bon.nu
オマールエビが珠玉のビスクに (C)Bon.nu

──究極の“シンプル”料理ですね。

ここまでやって初めて「素材を生かしてシンプルに」といえるのであって、みんながいうシンプルとは意味合いがまったく違うんです。例えばお出汁を張ったお椀にポンと松茸が入ったものをシンプルっていうけど、これはカツオと昆布の出汁で味つけをしていているので、めちゃくちゃ複合的な構成で全然シンプルじゃないんですよ。