オファーがあったときは「舐められているなと」
2024年1月に行われた世界タイトルマッチ、12ラウンドを戦い終えた阿久井は晴れ晴れとした表情で相手陣営のコーナーに挨拶へ向かった。手応えがあった。その後、勝利者コールがアナウンスされた瞬間こそ雄叫びをあげたが、興奮はすぐに引いた。安堵感が広がった。
「やったぞ!ではないですね。しみじみ、やったなあ……と」(阿久井、以下同)
2月、メディア出演や挨拶回りに追われる日々が続くなか、ジムに入ると会長から少し緊張した面持ちで声をかけられた。初防衛戦は東京ドーム、相手は井上尚弥が所属する大手・大橋ジムの同門で、以前に対戦したことのある桑原拓に決まったという。
「オファーを聞いたときは、まあ舐められているなとは思いましたよ。だって前回はぶっ倒してますからね」
2021年7月に行われた阿久井対桑原戦はKO決着だった。岡山からアウェイの地・東京のリングに立った阿久井は、最終ラウンドに強烈な右ストレートで桑原を倒し、試合が終わった。桑原はそのまま立てずに担架で運ばれるほどのダメージだった。その日会場で試合を見ていた筆者は、桑原サイドの応援団が一瞬で静まりかえったのを今でも覚えている。
一度は引退を考えたという桑原はその後復帰し、勝ち星を重ねて東洋王者となった。阿久井はそんな桑原の復活を、応援しながら見ていたという。
「ただ、彼ぐらいのレベルになると相手が避けて、なかなか対戦が決まらなかったのだと思いますが」と前置きし、阿久井はこう続ける。
「僕との試合後、彼は国内競争を勝ち抜いてきたわけでもないじゃないですか。独自路線というか。なのに、そんなに簡単に世界挑戦のチャンスを与えていいものなのかなと」