映画は“ソウルメイトがどこかにいる”ことを知る芸術

――映画監督を志したのはいつ頃だったのでしょう?

映画を作る仕事をしたいということは、中学生の頃には決めていました。きっかけ的な体験は、多分、小学生の頃に見た『泥の河』(1981)。小栗康平監督の作品ですが、小学校4〜5年生のときに子供会かなにかで見たんです。「つまらなそうな白黒映画をなんで見せるんだろう」って思っていたのですが、始まったらすごくおもしろくて。

自分自身が抱いている言葉にできない感情が描かれていて、「この映画を作った人は自分の気持ちをわかってくれている」と初めて実感した映画でした。そういう作品にまた出合いたいと思って、映画や本をたくさん見るようになったんです。

――映画で描かれていた“言葉にできなかった感情”とは?

とっても些細なことなんです。例えば信雄という主人公の男の子がいるんですけど、きっちゃんという友達ができて、ふたりでお小遣いをもらって夏祭りに行くんです。ところがきっちゃんのポケットが破れていて、お金がすべてなくなっている。一緒に探すのに見つからないみたいな、がっかりしたやるせない感じとか。

あと、きっちゃんはお姉ちゃんとお母さんと川に停留している船に住んでいるんですね。加賀まりこさん演じるお母さんは、娼婦として船でお客を取っているんです。信雄は温かい家庭で育ったうどん屋の子供なのですが、自分の家とまったく違う、貧しい友達のお家を見たときの怖さとか、少し下に見る気持ちとか……。本当にすごくよく表現されていて、強烈な印象を持ちましたね。

――中学で映画監督を志し、その後NYの美術大学School of Visual Artsに進学。そこで写真を専攻したのは?

最初は映画学科に入学したのですが、当時はまだ英語についていけなくて。1週間で写真に専攻を変えたんです。そこから写真にのめり込んだのですが、映画を撮りたいという気持ちはずっと持っていました。ビデオカメラを買ってビデオアートみたいな作品を撮ったり。その後は、子供を出産するなど10年くらいブランクがあったのですが、日本に帰ってきてからENBUゼミナールという映画学校に通い始めたんです。映画を作る仲間と出会うために入学した感じでしたね。

カンヌが絶賛! 75歳以上が自らの生死を選択できる社会を描いた映画『PLAN 75』_h
『台北ストーリー』(1985)『牯嶺街少年殺人事件』(1991)『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)などで知られるエドワード・ヤン監督。写真は『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)で監督賞を受賞した2000年のカンヌ国際映画祭。2007年に59歳で亡くなった
ロイター/アフロ

――その後、本作で長編デビューを飾りましたが、映画作りで影響を受けた監督は?

こんな映画をいつか撮りたいなと思っているのは、エドワード・ヤン監督やイ・チャンドン監督の作品。人間が愛おしくなるような作品を撮りたいです。今回は社会的なテーマのものを作ったので、その反動なのか、今度はもっとパーソナルな話を作ってみたいなと思っているところです。それこそ『泥の河』のような、子供を主人公にした映画も作ってみたいと思っています。

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『オアシス』(2002)『シークレット・サンシャイン』(2007)『ポエトリー アグネスの詩』(2010)などのイ・チャンドン監督。写真は2018年のカンヌ国際映画祭で。『バーニング 劇場版』(2018)がコンペティション部門で上映された
ロイター/アフロ

――学生時代は多くの映画を見たそうですが、映画監督となられた今は、映画にどのように触れていますか?

映画監督としてというよりも、単純に映画好きとして見たい映画がいくつもあって。1日に3つ映画館をハシゴしたりもするんです。3本目を見に行くときなんかは、ちょっと強迫観念に囚われている気がするくらい。

――どうしてこんなに必死になっているんだろう、と?

そうです(笑)。できるだけ劇場に行って見るようにしているので、見たい作品があると行かずにはいられない感じです。こんな話をするのは恥ずかしいのですが、各映画館のサービスデーを全部把握しています。月曜日はシアター・イメージフォーラムのサービスデー、金曜日はシネスイッチ銀座のレディースデーとか。そこからスケジュールを組み立てるみたいなことをしています。

――本当に映画がお好きなんですね。監督が『泥の河』で衝撃を受けたように、『PLAN 75』を見て人生が変わる人もいると思います。映画には、どんなパワーがあると思いますか?

人生を変えるかどうかはわかりませんが、私にとって映画は、「ひとりじゃない」と思えるもの。自分と同じ眼差しで世界を見ている人がこの世界にいるんだと思えると、孤独じゃなくなる気がするんです。ソウルメイトがどこかにいるみたいな感じですかね。知らない誰かだったり、生きた時代が違う人だったりするけれど、どこかで通じ合える人がいる。映画はそう感じられる芸術だと思います。

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『PLAN 75』(2022)上映時間1時間52分/日本・フランス・フィリピン・カタール
夫と死別してひとり慎ましく暮らす、角谷ミチ(倍賞千恵子)は78歳。ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。住む場所をも失いそうになった彼女は、75歳以上が自ら生死を選べる制度“プラン75”の申請を検討し始める。一方、市役所の“プラン75”申請窓口で働く岡部ヒロム(磯村勇斗)、死を選んだお年寄りをその日が来る直前までサポートするコールセンタースタッフの成宮瑶子(河合優実)は、このシステムに強い疑問を抱いていく……。
©2022「PLAN75」製作委員会 / Urban Factory / Fusee
配給:ハピネットファントム・スタジオ
6月17日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
公式サイト
https://happinet-phantom.com/plan75/

取材・文/松山梢