自分へのご褒美メニュー

――卓球さんは「福寿」でいつもどのメニューを食べていたんですか?

いつもただのラーメン。それは金銭的な理由からで(笑)。それで、たまに『上チャーシューメン』っていう。『チャーシューメン』と『上チャーシューメン』っていうのがあって、あと『上五目ラーメン』ね。特別な日には『上チャーシュー』とか『上五目』を食うっていう感じでしたね。

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2019年頃の福寿のメニュー表

――特別な日っていうのはどういうタイミングでしたか?

給料日です。派遣のバイトをやってたんですけど、給料が月2回あったんですよ。だから月に2回は特別に『上チャーシュー』とか『上五目』を食べるっていう。でも考えてみれば、月に2回をそういう特別な日にしてたっていうことは、最低でも週1回は通ってたっていうことですよね。

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上五目ラーメンにはたくさんのトッピングが乗る

――大の常連ですね。その後もそういうペースでずっと通われていたんですか?

最初の頃はそれぐらい行っていて、その後も、彼女と一緒に住み始めたりとかで多少ペースは変わったりとかしてたんですけど、でももう、自分の中ではラーメンといえばあそこっていう感じになってたんで。その当時、豚骨ラーメンとかが流行り始めた頃で、環七の方で「ラーメン戦争勃発!」とか言われ出してたんですけど、『福寿』はそういうムーブメントと一切関係ないっていう(笑)。そこもいいなって。

――その後にお住まいが笹塚から離れても通い続けていたわけですね。

笹塚に8年ぐらい住んでたんで、その間はかなりの頻度で通って、別のところに引っ越した後もそれだけのために通ってましたよ。笹塚に『福寿』以外の用事がないんで(笑)。

瀧も一緒に「人生」の練習の帰りとかよく通ってたんですけど、あの店のどんぶりの底に「日本一」って書いてあるじゃないですか。うちらの間では「ポンイチ」って言ってたんですよね。「今日ポンイチ行く?」とか言って。それから店が閉まるまでずっと「ポンイチ」って呼んでましたね。

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どんぶりの底の「日本一」の文字はかつて「日本一の中華ソバ」で商号を登録したことに由来するそう