父と息子

 唐さんが書くものと義丹のは全然違うね。義丹のはすごく読みやすいし、僕の場合は自分のことのように感じて没頭できた。唐さんの作品はその幻想の中に入り込むまでちょっと時間が必要なんです。入り口がなかなか見つからない。義丹の場合は僕らの等身大の世界から入って、また違う劇的な世界を見せてくれるんだけど、唐さんのはこう言うのも変ですけど、読むのに苦労します、いつも。ただ、最終的にはすごいインパクトを受け取る。

大鶴 父は小説はそんなにたくさん出してないんです。『佐川君からの手紙』で芥川賞をもらった後、『御注意あそばせ』以降は、小説を積極的に発表しなくなったんですよね。

 自分の世界をまとめることをしなくなったんじゃないかな。戯曲を読んでいても、あっち行ったりこっち行ったり。幻想のほうが強過ぎちゃって戻れないことがある。常に生と死の世界を行ったり来たりしている。「死の世界からの叫び声を聞いて書いているみたい」って僕、『泥人魚』の演出についてインタビューされて答えたことがあります。
 唐さんは台本を大学ノートに万年筆で書くんです、すっごいちっちゃい字で百ページくらい書いても、誤字脱字、書き損じ、いっさいない。蜷川さんも、『盲導犬』の大学ノートもらったときは震えてましたよ。義丹はどうやって書くの?

大鶴 本当にいけないところなんですけど、僕は何かぼわっと頭の中で作って、設計図も書かないんですよね。あらかじめ組み立てると陳腐になっちゃうときがあって。小説の書き方として駄目だよって言われたこともあります。

 すごく読みやすかった。

大鶴 最初にスタートと真ん中と終わりは作って、後から盛り上げるタイプです。

 僕は主人公のテツロウの妻のフキコが、自分の奥さんに思えてしょうがなかった。うちのカンナさんも制作やっているから、似たようなものなのよ(笑)。昨年末は追悼公演で李さんの後を継いで『少女仮面』の春日野を演じましたが、助成金の申請の細かい作業などもやっています。女優しながらお金のこともやる。大したもんだなと思ってます。僕にはできない。

大鶴 小劇場の面白いところは、テレビや映画などの映像だと女優さんって一つの価値観――芝居のうまい下手、容姿、人気があるかどうか――だけで見られてしまいがちだけど、あいつは芝居は下手なんだけど、そういえば金計算がうまい、という女優がちゃんと芝居を続けられたり、そうやって続けているうちにちょっと味が出てきたり、ってことがありますね。小劇場や舞台というのはやっぱり人間、役者が中心、〝主役〟なんですよね。でも映像は、もしかしたらプロデューサーが主役なのかな。

 映像は監督のものでしょう。編集でいくらでも切っちゃえるから。あと、カメラの位置も含めて、何だって指示できるし。舞台は役者のものです。だから、イギリスでは〝サー〟の称号まで付くのだと思う。演出家は産婆さん、幕が上がったらもう止めようがない。その日その日、出来不出来もある。一応ルールがあるからそのために稽古をする。でも、そのルールを超えたところにまた一つの領域がある、そこに到達する役者がいるわけですよ。毎日違うけど、毎日すごい。名優という人たちは百回同じことやっていても全部違う。だから、毎日が闘いだと思いますよ、体調管理から何から何まで。

大鶴 イギリスの〈ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー〉なんかには、すごい人がいますね。商業システムとしても完成されていて、一つの演目を追究できる。飽きたその先までやるみたいな人。

 実は韓国もそうなのよ。客が入ろうが入るまいが平気で二、三か月やるの、小劇場は。一つの演目を半年くらいやって、ヒットしたら三年くらいやるところもある。僕なんか十日ぐらいで飽きちゃうから(笑)、どうしたら維持できるか考えます。森光子さんなんて偉いなと思う。

大鶴 経験がないですけど、ある回数超えたら別の風景が見えてくるんでしょうか。うちの親たちもそれをやってないから、僕も分からないんですよ。

 だって再演しないのが状況劇場だったんですよ。常に新作を上演していた。でも、義丹が大きくなって家を出ていき、唐さん、李さんの間に葛藤があって、過去作品に戻った。それが義丹が生まれたころ唐さんが書いた『少女仮面』の再演。唐さんはあて書きじゃないと書けない人だった。李さんがいなかったら、唐さんという作家は出てません、これは断言できます。あと、緑魔子という女優がいなかったら、たぶん〈第七病棟〉に新作を書けなかっただろうし、吉田日出子もそうだけど、ある時期の小劇場って、個性ある女優さんが作家に作品を書かせていたという面がある。
 昨年十二月に、初演から十八年ぶりに上演した『泥人魚』ですが、唐さんからは、実は宮沢りえをイメージして書いたと聞いていました。今回やってみて分かったけれど、ダイアローグが小説みたいで、かなり文学的なところがあった。一幕目で、これは大変だなと思いました。二幕になると演劇的に転がっていくんですけど。
 今回、実は宮沢さんにどれをやりたいか選んでもらおうと、戯曲五本くらい候補を挙げたんです。だって、「唐さんがあて書きしたから『泥人魚』やろう」っていうのも陳腐じゃない? 唐さんの告白のことは黙っていた。だけど、『泥人魚』を選んでくれた。うれしかったな。宮沢りえという女優もすごい。半端ないですよ、あの人も。

大鶴義丹×金守珍 『女優』刊行記念対談「女優という生きもの」_d