脚本はナシ、その場、その瞬間を生きて、撮っていくだけ
──今お話しされたように、ボクシングの試合の打ち合いが凄まじくて、カメラマンがリングの中に入っていて、尚玄さんのすぐ近くで動きと連動しながら撮っているんですよね。何かの拍子にぶつかったり、パンチが当たったりしなかったのかとハラハラしました。あれはテレビ中継ではとても味わえない臨場感あふれる距離ですね。
「その意味でドキュメントに近いですよね。キャラクターに関しても、メンドーサ監督とは何回もフィリピンを往復して話し合いました。脚色はしてますが、自分が表現したい核みたいなのはもう出来上がっていたので、カメラが回っているときもいないときも、役のままであり続けるっていうことだけだった。抱えてるものが大きい分、精神的にしんどさはありましたけど、前もってセリフを覚えたり、シーンの準備をする必要がないという意味では楽でしたね。
その場、その瞬間を生きて、それを三台のカメラで撮っていくだけだったから。見るとお気づきになると思うんですけど、試合のシーンには色んな観客がいっぱいいますし、その間、本当にずっとカメラが回っていて、例えば同じジムのボンジョビという仲間からお守りをもらって、奥に行ってスタンバイして、リングにあがるところとかも、一般のエキストラの人が結構いろんなことをしているんですよね(笑)。でも、それすらもカメラに映してしまうという感じだったんです」
──尚玄さんはリーチが長いので、つい相手にパンチが当たってしまうこともあったのでは?
「フィリピンに行っての最初の試合で、1ラウンド目で僕のパンチが本当に相手に入ってしまったんです。休憩タイムのとき、ごめんって謝りに行ったんですけど、あれは生の反応で、映画ではそれをそのまま使われていましたね(笑)。監督も、カメラ回ってるからそのまま続けろって。物語の設定上はライバルチームの相手選手なんですけど、本当はずっと一緒に練習をしていた同じジムの選手だったので、申し訳ないことをしました」
尚生とフィリピン人コーチの関係性に漂う父と息子の匂い
──尚玄さんが演じる尚生は、フィリピンの名優、ロニー・ラザロ演じるコーチのルディと強い関係性を築き、どこか父子のような雰囲気も漂わしますが、ルディの愛の深さがまた、尚生を傷つけることも出てきます。
「おっしゃる通り、父と息子の関係性の匂いはとても大切だと思って、フィリピンに行ったときも早めにロニーを紹介してもらいました。ロニーはメンドーサ監督が、2013年に発表した『囚われ人 パラワン島観光客21人誘拐事件』に欧州からの観光客を誘拐するイスラム過激派の犯人の一人を演じたんですね。
誘拐される側のキャストとしてフランスのイザベル・ユペールが演じていたんですけど、あるとき、彼女がメンドーサにロニーについて『あの人って本物のテロリストなの? 話しかけも来ないし、すごい怖いんだけど』と言ったそうなんです。ロニーは役に没入するタイプの人で、役柄上、ユペールと親しくなってはいけないと自制していたらしいんですけど、全ての撮影が終わったとき、『怖がらせてごめんね』と謝りに行ったら、じゃあ、一緒に踊りましょうと誘われて、踊ったそうです。
素敵なエピソードでしょう。そういう人ですから、ルディの愛情深さは、腹立たしいことを引き起こすんですけど、でも愛を感じるんですよね」