外国人と日本人の間の「緩衝材」になりたい

「私達がもし外国人専門事務所に入ったら何をやらされるかというと、海外で起こった信じがたいニュースの再現VTR出演、または胸元に出身国の国旗をつけた外国人がひな壇に座る番組のコメンテーター。でも私達は普通に日本語喋れるし、何なら育ちは日本やから感覚的にも日本人に近い。だから日本人やミックスのタレントさんと同じような活動をしたいけど、どうしても『外国人枠』に入れられてしまう。でも私達のような人材って、今後日本が移民を受け入れたり、コロナが落ち着いてインバウンドが復活したりした際に絶対必要になる。外国から来た人と日本人の間の『緩衝材』になると思うんです。

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厚切りジェイソンさんのギャグ“Why Japanese people?”ってありますよね。日本人はこのギャグを見て『確かに!』と笑って終わりだけど、本当は“Why?”の部分を外国人に対して説明できんとあかん。説明できないのに『外国の人は間違ったこと言ってるわ』って、その間違った解釈を日本人も認めてしまっていて、結果的に日本の文化が守られへんことになる。そこでずっと日本に住んでいて“Why?”の部分を知っている、でも『外国人の顔』をした私達が外国人に説明すると、ある意味(日本に長くいる外国人の)先輩なので信用を得やすい。かつ、ある程度日本人的感覚も持ってるから、日本人がどういう言われ方をすると腹が立つか、日本人の癪に障らない伝え方がわかる。そういう『緩衝材』になるタレントさんを集めた事務所を作りたかったんです」

外国にルーツのあるタレントにこだわらず、例えば女性として生まれたけれど、男性として生きる道を選んだトランスジェンダーの俳優、五輪メダリストでヴィーガンのアイスダンスカップルなど、「日本人としてのあるべき姿の枠を広げてくれそう」であれば、積極的にマネジメントする方針。そして事務所名の「Almost Japanese」の“Almost”には、「“ほとんど”日本人の外国人」以外に、もう一つの意味が込められています。日本は物事の白黒をはっきりつけない「曖昧社会」と言われることが多いですが、小原さんはそれに異を唱えます。

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「芸能人の不倫とか政治家の失言とか、日本人は一度『悪』と見なしたものはとことん、徹底的に叩くじゃないですか。でも人間誰しも、絶対本当は悪いことしてると思うんですね、急いでてつい信号無視しちゃったとか。もちろんダメだけど、生まれてこのかた悪いことを何一つしたことない、完璧な人間なんていないと思うし、それは日本人としてあるべき姿じゃないと思うんですね。“Almost”=“おおよそ”良い人であれば、それはもう日本人としてあるべき姿なんじゃない? ちょっと社会からズレててもいい、『日本人はこうあるべき』という枠を、もうちょっと広げられないかな?って」

ダイバーシティ社会の「我慢しなければならない」一面

ダイバーシティ(多様性)を体現している「Almost Japanese」ですが、小原さんにとってのダイバーシティは自分と違う価値観を「我慢」する社会です。小原さん自身はゲイですが、「ゲイであることをさらけ出して我慢しない社会」ではなく、例えば「ゲイなんて気持ち悪い」といった価値観を含む、あらゆる多様な価値観を「我慢」する社会。ダイバーシティを推進している現代において、この「我慢しなければならない」一面が見落とされがちだと指摘します。

「日本でゲイが受け入れられるようになった過程を振り返ると、やっぱりいわゆるオネエタレントさん、LGBTQのタレントさんの功績が大きいと思うんですね。まず美輪明宏さんやカルーセル麻紀さんから始まって『そういう人がいるんだ』と『認知』される。その後おすぎさん・ピーコさん、IKKOさんなど『面白いやん』って笑いにして。もちろん今となっては笑いにするのはどうなんだ、とも思うけど、みんなが一気に『興味』を持つ。次の世代にマツコ・デラックスさんやミッツ・マングローブさんが出てきて、彼らは面白いというよりも『うわ、共感できるわ』と、『共感』を呼ぶタレントさん。この人達の話を聞くと私達とあんまり変わらん感覚の人達なんだなって。認知される→興味を引く→共感を得る、その次は『普通になる』かな」

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小原さん自身も「5時に夢中!」に出演し始めた頃、ゲイであることを公言せず、他の出演者に好みのタイプを聞かれた際、男性俳優の名前を挙げ「あ、そっちの方でしたか?」という反応を得ていました。話してみて結果的にゲイだとわかる、そういうタレントが活躍すれば「ゲイってそこらへんに普通にいるんだな」と完全に受容されるのではないか、そしてゲイのタレントが受け入れられたのと同様の過程を経て「日本育ちの外国人」も受け入れられている途中の段階なのではないか、と持論を展開します。