「3.5%ルール」の問題
森 僕が学生の頃って、東京はまだ生々しい暴力の匂いがある街でした。良くも悪くも緊張感があって、「ここなら何か起こるかも」と思わせてくれる魅力があった。でも、今はどこに行ってもきれいに脱色されています。「暴力」が十把一絡げにされて丸ごと否定される今の論調は、そことつながっていると思うんですよね。
暴力って、本当は「誰が行使しているのか」を踏まえて考えないといけない。そうじゃないと、世界各地の抵抗運動の歴史も否定されることになります。パレスチナの子どもがイスラエルの戦車に向かって石を投げたら、それも暴力ということになるのか。それはおかしいと普通は思いますよ。
だから、この本を書くときには、まず「暴力」を「暴力的/非暴力的」の軸、「武装/非武装」の軸という4つのレイヤーで整理しました。これはベンジャミン・S・ケースという学者の『Street Rebellion: Resistance Beyond Violence and Nonviolence』(未訳)を参考にしています。
そういう整理をしないと、みかこさんがおっしゃるように、今の日本では「尊厳を守るための暴力」も否定されてしまう。それでまず「暴力」を整理するところから書き始めたんです。
ブレイディ 本の中で「3.5%ルール」(※1)を批判しているじゃないですか。2回も出てくるから、「これは怒っているな」と思ったんですけど(笑)。「人口の3.5%が非暴力的な運動で立ち上がれば世の中は変わる。だから暴力的抵抗はいらない」という理論ですが、実はイギリスでもちょっと前に言われてましたけど、すぐ忘れられた。
というのも、イギリス人はまさに暴力も辞さない抵抗で社会を変えてきた歴史があるからです。うちのパートナーは運動家じゃないですけど、それでもサッチャー政権の際にはデモで戦っていました。そうやって一般的には忘れ去られた「3.5%ルール」が、日本では偉い学者さんがテレビで紹介していたりして、ここでリバイバルしたかって。これも個人的に違和感があって。
森 ああいう言説って、ジーン・シャープ(※2)の「非暴力闘争論」あたりからずっとありますよね。それこそ僕が参考にしたベンジャミン・S・ケースは、「3.5%ルール」のおかしさを実証した人です。
例えば、非暴力抵抗の最大の成功例とされるネルソン・マンデラのアパルトヘイト撤廃運動でも、「3.5%ルール」の統計では運動が成功した年とその前年しか取り上げられてない。だから、「非暴力で権利を勝ち取った」となっている。でも、マンデラには長い闘争の歴史があります。ケースはそこを見る。
マンデラはずっと非暴力を貫いていたわけではありません。武器を手に取ったこともある。ただし、破壊の対象にするのは政府の施設だけで、運動の仲間には殺人も禁じていました。この運動でマンデラは逮捕され、長い獄中生活を送ることになります。
マンデラが不当に収監されたことによって、彼の抵抗運動は世界の注目を集めました。市民の暴動も活発になり、世論をアパルトヘイト撤廃に向かわせました。つまり、暴力的抵抗も大きな要因だったのです。
※1:ハーバード大学の政治学者、エリカ・チェノウェスらが提唱した「3.5%ルール」の議論に関しては、チェノウェス『市民的抵抗 非暴力が社会を変える』に詳しい。
※2:ジーン・シャープはアメリカの政治学者であり、非暴力抵抗運動の理論的支柱として世界的に有名。