何のために「血圧」「血糖値」を下げるのか

日本人の死因トップが「脳卒中」だったのは、1960〜1970年代とその前後の数年間です。この時期は、血圧が140や150まで上がると、血管が耐えられずに破れて出血してしまうケースが多かったようです。その頃までの日本人は栄養状態が悪かったため、タンパク質が足りないせいで血管の弾力性が足りず、わずかな血圧上昇でも破れやすかったのだと推測されます。

ところが、栄養状態の良くなった現代では、私自身が血圧220の状態を5年続けても大丈夫だったように、動脈瘤がない限り、血圧200程度でも血管が破れることはまずありません。戦後に脱脂粉乳などを飲まされて育った現在の70〜80代の人も含め、栄養状態の良くなった現代日本人の血管は、脳卒中が死因1位だった昔に比べて丈夫と言えるのです。

もちろん、血圧にも個人差があります。仮に180で頭痛や吐き気、めまいなどがあるなら、その人にとって180という数値は高すぎるということになり、生活改善や薬で下げる必要があるでしょう。

そもそも、「血圧」や「血糖値」を何のために下げるのかといえば、一般的には動脈硬化の予防です。将来、命にかかわる病気の脳梗塞や心筋梗塞にならないために、血圧や血糖値をコントロールして動脈硬化を予防したり、血管の状態をしなやかに保ったりする目的です。

将来の病気予防のために、現在40代の人が、50代や60代になって心筋梗塞にならないために健康診断を受けることは多少の意味があります。しかし、すでに70〜80代の人が、(平均寿命を迎える)10年後や20年後の動脈硬化を心配することには、それほど意味はないでしょう。数値を下げる薬の副作用のリスクのほうが私は気になります。それよりはがんの予防のために免疫力を高めるほうがいいと私は考えます。

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「がん」の早期発見も不要?

がん検診を受けてがんを早期発見し治療に進むことも、80代以上なら考え直してみてもいいと思います。どこかにがんが見つかると、手術で切除できるかどうかが治療の第一歩ですが、80歳を過ぎた高齢者の場合、手術による切除が正しいかどうかは一概に言えません。

若い頃と違い、手術のダメージからの回復に時間がかかったり、手術前の元気を取り戻すことが難しいのが大きな理由です。先述のように、日本のがんの外科治療のよくないところは、がん細胞だけでなく、転移が疑われる周辺の臓器まで切除してしまうことだと私は思います。

歳をとるほどがんの進行は遅くなるので、私は80歳を過ぎたらがんの早期発見・治療のためのがん検診は受けないほうがいいと思っているくらいです。

では、80歳を過ぎた高齢者の健康にとって、大事なことは何か。それは「栄養状態を良くする」ということに尽きるでしょう。好きなものを好きなように食べられるうちは、心身ともに健康でいられるはずです。

がんが手遅れになるまで見つからないことが多いということは、放っておけば何の症状もない、ということです。治療をしなければ手遅れにはなるが、手遅れで見つかるまでは元気でいられる。特に80代以上の高齢になるほど、がんの早期発見を境に健康状態がガクッと落ちることが多いようです。

だから、80歳を過ぎたら健康診断やがん検診を無理強いするのではなく、親御さんの日々の食事を気にかけるなど、栄養状態をよく保つように補助してあげるのが一番ではないでしょうか。


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#1 中高年にとってはラーメンは栄養満点の食事?

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