教育・研修費はアメリカ企業の60分の1

日本企業の能力開発(OFF JT)費の水準は、アメリカやイギリス、フランスなど欧米5カ国に比べて極端に低く、しかもGDPに占める割合が年々低下しています。アメリカのGDPに占める企業の能力開発(OFF JT)費の割合は、1995年から1999年の平均が1.94%でした。

それが2010年から2014年の平均では2.08%へと増加しています。フランスも同1.45%から同1.78%へと増加しています。イギリスは同2.23%から同1.06%へと減少していますが、それでも1%を超えています。

一方、日本は1995年から1999年の平均が0.41%とアメリカやイギリスの5分の1の割合でした。しかも2010年から2014年の平均は0.10%まで低下し、アメリカの20分の1、イギリスの10分の1の水準にまで落ち込んでいます。

日本企業がOFF JTに支出した実際の金額になると、アメリカの20分の1どころではありません。

調査対象期間となった2010年から2014年のアメリカの実質GDPは、平均するとおよそ16兆ドルでした。当時のドル円の為替レートは、2010年の1ドル80円台後半から2014年の1ドル110円弱まで幅がありますが、仮に1ドル100円として計算するとおよそ1600兆円です。同期間の日本の実質GDPは500兆円ほどなので、アメリカの経済規模は日本の3倍強に達します。つまり、

1/3(日本の経済規模はアメリカの3分の1弱)×1/20(日本企業の能力開発費の割合はアメリカ企業の20分の1の水準)で、1/60

日本企業が社員の能力開発に使っている実際の金額は、アメリカの企業の60分の1弱に過ぎないのです。

厚生労働省はこのような状況に対して、「平成30年版 労働経済の分析」でこう警鐘を鳴らしました。

「国際比較によると、我が国のGDPに占める企業の能力開発費の割合は、米国などと比較し、突出して低い水準にあり、経年的にも低下していることから、労働者の人的資本が十分に蓄積されず、ひいては労働生産性の向上を阻害する要因となる懸念がある」

厚生労働省の危機感はもっともでした。

前章で触れたように、2000年以降、デジタル技術の浸透によってモノづくりの分野では競争力の決め手は独創的な機能や魅力的なデザイン、巧みなブランディングへと変わりました。

それらを担うのは優秀でクリエイティブな製品開発担当者やデザイナー、マーケティング担当者であり、まさに人材の質が競争力の決め手になりました。

小売業やサービス業でも、インターネットの普及でビジネスのあり方や仕事の進め方が一変しました。

小売業ではネット通販の市場規模が13兆円を超え、スーパーマーケットの年間総売上高に迫ろうとしています。経済産業省「令和3年度 電子商取引に関する市場調査 報告書」によれば、2021年の日本国内の消費者向けEC(電子商取引)の市場規模は、物販が前年比8.61%増の13兆2865億円に達しました。一方、経済産業省の「商業動態統計」(2023年1月公表)によると、2022年の国内スーパーマーケットの総販売額は前年比1.0%増の15兆1536億円でした。

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サービス業でもホテルや交通機関をネットで予約したり、映画館などのチケットをネットで購入したりするのがごく普通の手続きになりました。

さらにあらゆる業種で、デジタル技術を使って事務作業を効率化したり、定型的な作業を自動化したりする取り組みが企業の競争力を左右するようにもなりました。

日用品メーカーに勤務する鈴木さんが自嘲気味に語ったように、まさに「仕事の内容や進め方がすっかり様変わりしてしまい、これまでの知識や経験が通用しない場面だらけ」になったのです。

こうした変化に対応するため、日本企業には、過去に積み重ねてきた知識や技術、体験を継承するOJT(職場内訓練)だけではなく、OFF JT(職場外訓練)による社員の能力開発がこれまで以上に強く求められていたのです。

では厚生労働省の警鐘を日本企業はどう受け止めたのでしょうか。

2010年から2014年まで低下していた能力開発費は2015年以降、微増へと転じているのがわかります。しかし2010年に比べると3分の2程度の金額にとどまり、欧米企業との格差を縮めているとは到底言えません。

仮にアメリカ企業の能力開発費の水準が横ばいだったとしても、アメリカの実質GDPは今や日本の4倍にまで拡大しているので、日本企業の能力開発費はアメリカ企業にさらに水を開けられている可能性が濃厚です。

それどころかコロナ禍収束後の人手不足に直面するアメリカ企業は、優秀でやる気のある社員を獲得するため、能力開発費をいっそう積み増ししているかもしれません。そうだとすればアメリカ企業の背中はいっそう遠ざかっているでしょう。

いずれにしても厚生労働省の警鐘は顧みられていません。