悪役だった『源氏物語』以前のブス

いや、ブスというだけなら、『源氏物語』以前の文学にも出てくるんですよ。

『古事記』『日本書紀』はもちろん、『源氏物語』より少し前にできた平安文学の『うつほ物語』にも出てきます。

けれど、それらの文学と『源氏物語』の違いは、ブスを悪役にしていないこと、これに尽きます。

『古事記』『日本書紀』のブスといえば、天皇家の先祖であるニニギノ命が地上で初めて妻にしたコノハナノサクヤビメの姉のイハナガヒメですが、彼女は人類を短命にした悪役です。というのも彼女は、ニニギが見そめたコノハナノサクヤビメとセットで、ニニギの妻になるはずでした。ところがその醜さを見たニニギが恐れをなして、結婚せずに返してしまったために、『古事記』によれば〝天皇命等〞が短命となり、『日本書紀』によれば〝世人〞が短命となります。

源氏物語で、身分も容姿もよくない女性をスパダリの妻や恋人として描いた紫式部の革命的な手法の意図とは_2
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コノハナノサクヤビメは繁栄を、イハナガヒメは長寿を司る神だったからですが、イハナガヒメは結果的に人を短命にしたわけで、悪役を担わされているのです。

ブスが悪役というのは『うつほ物語』でも同様です。〝年老い、かたち醜き〞故左大臣の北の方はその財力で男を通わせるものの、男が冷たいので、代わりに継子に恋文を贈るも相手にされず、果ては継子に罪を着せて捨てられたあげく、零落してしまうという憎まれ役です(「忠こそ」巻)。

『うつほ物語』では、悪役は醜いという法則があって、東宮妃である昭陽殿も〝あるが中に年老い、かたちも憎し〞さらに〝心のさがなきこと二つなし〞という見た目も性格もブスという設定で、もちろん、東宮には嫌われています(「あて宮」巻)。

『源氏物語』以前ではこのようにブスは悪役でした。

それが『源氏物語』では、ブスが3人も登場する上、全員が源氏の妻や恋人となり、しかも悪役ではありません。

末摘花はブスの上、極貧であるにもかかわらず、源氏の正式な妻の一人となり、二条東院に迎えられますし、空蟬は源氏の妻でもないのに、夫の死後、やはり二条東院に迎えられます。花散里は、紫の上に次ぐ地位の妻となり、母・葵の上を亡くした夕霧や、養女の玉鬘の世話役として信頼され、源氏死後は二条東院を相続しています(「匂宮」巻)。

しかも3人とも、強い実家がなく、経済的にも苦しい立場にあるのに、です。新婚家庭の経済は妻方で担う、通い婚が基本の当時にあって、貧乏であることは、ブスであること以上に、女の結婚を妨げる欠点です。それは、『うつほ物語』に、

「今の世の男は、まず結婚しようとすると、何はともあれ、『父母は揃っているか、家土地はあるか、洗濯や綻びの繕いはしてくれるか、供の者にものをくれたり、馬や牛を飼っていたりするのか』と尋ねる。顔形が美しく、上品で聡明な人であっても、荒れた所にあるかなきかのわび住まいをして、貧しそうに暮らしているのを見ると、ああむさくるしい、自分の負担や苦労のもとになるとあわてふためいて、あたりの土をすら踏まない」(「嵯峨の院」巻)

などとあることからも、うかがえます。

一方の『源氏物語』ですよ。

ブス3人、金持ちでもない。

『源氏物語』の何がいちばんやばいって、3人ものブスを主要人物にして、しかも悪役ではないということなんですよ。

これを私は『源氏物語』の「ブス革命」と名づけているほどです。


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