「AI失業は大した問題にはならない」
という誤解
2013年に、オックスフォード大学のカール・ベネディクト・フレイ氏とマイケル・オズボーン氏は、「雇用の未来」という論文を発表しました。
この論文では、アメリカの労働者のうち、47%もの人が従事する職業が10~20年後に消滅すると主張されており、AI失業に関する世界的な議論を巻き起こしました。もしも労働者の5割近くもが仕事を失うのであれば、それは確かに大変な問題です。
「雇用の未来」に対する反論の多くは、1つの職業には多数のタスクがあるというものでした。ITやAI、ロボットが奪うのは、たいがい多数のタスクのうちの1つや2つであり、大半ではない。したがって、職業の消滅はそれほど多くは起こらないというのです。
そのため、2018年頃には「AI失業は大した問題にはならない」という何となくのコンセンサスが経済学者の間で形成され、私のようにAI失業を警告する人の声はかき消されてしまいました。しかし、そのコンセンサスこそが、ミスリーディングなゼロイチ思考の産物なのです。それは具体的にはこういう思考です。
図2-1のように、スーパーの店員にはレジ打ちのほかに商品の発注や陳列といったタスクがある。このうち、セルフレジがレジ打ちのタスクを消滅させたとしても、ほかのタスクは残る。ゆえにスーパーの店員という職業は消滅しない。
このような結論が出たとしても、レジ打ちのタスクがなくなる分、雇用の何割かが減少する可能性は残ります。そうであれば、スーパーの店員が失業にさらされないとは言えないでしょう。
もう1つ、AI失業に関する議論をミスリードしているのは、「人間を代替する技術」は雇用を奪う可能性があるが、「人間の能力を拡張する技術」は雇用を奪わず、むしろ生産性を高めるといった主張です。
たとえば、レジ係とセルフレジは代替的です。それに対して、パワーポイントのスライドを作成してくれるAIは、私たちの能力を拡張するものと考えられます。営業で頻繁にパワーポイントを使う人は、こうしたAIが登場することによって労力を節約でき、その分より多くの仕事をこなせるようになります。こうして、拡張的な技術は生産性を向上させることができるというわけです。
しかし、「代替」と「拡張」には見かけほど違いがありません。セルフレジが導入されてレジ係が必要なくなれば、より少ない店員でこれまでと同じ量の仕事を回せるようになります。そのため、店舗をもう1軒増やすことが可能になるかもしれません。そうであれば、店員の能力が拡張されたものと考えることができます。
逆に、スライド作成係という職業があった場合、AIがスライドを作成できるようになれば、その係の人は解雇されるかもしれません。あるいは、そのような専門の職業がなかったとしても、スライド作成の手間が省ける分、より少ない人数で営業を行えるようになるため、営業職の雇用が減らされる可能性があります。
代替と拡張が異なって見えるのは、代替され得る専門の職業があるかないかだけのことであり、全体として労力が節約できるようなることには変わりありません。いずれの場合も、生産性が向上し、それがために技術的失業をもたらす可能性があることには注意すべきです。