ビッグマックを食べたいロシア人

ロシア人たちはどこへ行っても長い長い行列を作ってものを買うわけですが、外国人はドルとかクレジットカードを持っているがゆえにそういうところでものが買える。

ちょっと前、この種の外貨スーパーのウインドーに誰かが投石して、ガラスがメチャクチャに壊されたことがありました。スイスとの合弁企業の「サトコ」というスーパーは、この春からドルさえ持っていれば誰でも買い物ができるというふうに規則を改めたんですが、その途端、2軒あるこの「サトコ」の前にはロシア人たちの長い長い行列ができるようになりました。

ロシア人たちはさまざまなルートで手に入れたドルを片手に握りしめながら公営商店では絶対売っていないコーラとかウイスキーとか靴とか肉・野菜のたぐいを買うわけです。

でもドルを入手できるロシア人はほんの少数でしかない。モスクワへの外国人観光客を狙うタクシーの運転手とか外国企業で働いている人とかそれくらいなわけです。1回の買い物量を見ると、アメリカ人それから、日本の商社もすごいです。ロシア人の運び屋を連れてきて、一度にコーラとかビールなんか10ケースとか20ケースとかでまとめて買って持っていかせる場面なんか見たことがあります。

行列で思い出しましたけど、東京の街ならどこにでもあるマクドナルドというのがモスクワに1軒だけあって、ここには「アメリカを食べたい」というロシア人たちが信じられないくらいの長い行列を作って待つわけです。ビッグマック1個の値段が10ルーブル。日本円に直せば50円ぐらいですけど、こっちの大卒の初任給が180ルーブルくらいですから、これはメチャクチャに高い代物なわけです。ピザハットというピザ屋さんもあるんですが、こちらの方ではロシア人はもっと残酷な目に遭わされる。

崩壊直前の1991年6月のソ連にて「ビッグマックに大行列、ワイロとチップがものをいう…これが社会主義というものだ」_2

入口がハードカレンシーを持っている者とルーブルしか持っていない者とで別々になっていて、僕らはもちろんすぐに入れて座って食事ができる。けれどもロシア人たちは雨が降ろうが雪が降ろうがカンカン照りだろうがまた行列を作らなければならない。でも、こちらの社会は独特のコネ社会があって、そういうつてをロシア人たちはうまく利用しておいしいものを手に入れているみたいです。

ここモスクワで見ている限り、通貨は実質的にドル本位制みたいなもので、マールボロ1個が大体今30ルーブルくらいの価格で取引されている。平均的なアパートの家賃が1カ月15〜20ルーブルくらいですから、マールボロ1個さえあれば、家賃2カ月分になる。何という理不尽。でもそのアパートがほとんどもう見つからない状態だというから超大国が聞いて呆れるというものです。

「ベーソ」という語感があるでしょ? 米ソ、つまりアメリカとソ連ですけど、二大超大国なんていう冷戦構造下のウソっぱちをよくもまあ無理やり突っ張ってもちこたえてきたなと思うんですよね。だって、モスクワ市民の平均的な生活水準はとてもアメリカの比じゃないし、そうですね、アジアのNIES諸国(編注/シンガポール・台湾・韓国など)よりもずっと下というのが実感ですよね。

まあ、1940〜50年代というのはちょっと別だったんでしょうけど。全く人間というのは観念で生きる化け物だと思います。「ベーソ」という観念が結構生きながらえていたんですから。

何人かの学生と話をしたんですが、彼らは西側の価値観を100%礼賛していて、できるならば亡命したいとまで言う。アメリカは難しいと思うが、オーストラリアはどうか? いや、南アフリカやイスラエルでもいいが、などと本気で聞かれると、ちょっと何と答えたらいいのか困ってしまいます。

例えば日本の常識じゃ考えられないような理不尽な目に遭うとするでしょ。そうすると「どうしてだ?」と若い人たちに聞くと、決まって「これが社会主義というものさ」(エータ・ソツィアリズム)と答える。