一人ひとりが動き始めた、日本の社会
――カリスマ型のリーダーが表れて「上から」の改革や政策で社会を変えるという考え方ではない、新しい動きですね。
斎藤 少し前までは、金融緩和をしてお金をばらまけば、社会はよくなるという意識が強かったと思います。しかし、今では、自分たちでも社会を変えるために動き出したほうがいいという雰囲気が少しずつ高まってきているのではないでしょうか。
たとえば、坂本龍一さんや村上春樹さんが反対をして全国に知られるようになってきた神宮外苑の再開発ですが、有名人が反対する前に、ビラを作成して配布したり、署名活動を始めたりした、一人ひとりの市民の小さな活動の積み重ねが大きいのです。
この神宮外苑の再開発の運動は、特定の政党や団体の指示で動いているのではありません。一人ひとりが動きながら、ネットワークを広げ、また、別の再開発の問題に取り組む市民に力と知恵を貸すなど、どんどん「自治」の実践に必要な能力を高めています。
――ほかにもそうした実例があれば、教えてください。
斎藤『コモンの「自治」論』で取り上げた北九州のNPO法人「抱撲」の奥田知志さんたちの「希望のまちプロジェクト」もそのひとつです。奥田さんたちは長年、野宿者支援に取り組んでいますが、生活保護を与え、アパートに入ってもらったらそれでお終いという「上から」型の支援でなく、野宿者が社会での居場所を見つけ、社会復帰できるようにその後も時間をかけて寄り添い支援する、「伴走型」の支援を実践しています。
助ける人と助けられる人という垂直的な関係性でなく、水平的な関係性の中で支援者が支えられ、学び、変わっていくという「問題解決型」のプロセスといえます。
前述の「希望のまちプロジェクト」で驚いたのは、特定危険指定暴力団・工藤会の事務所のあった土地を市から買い上げ、そこにコワーキングスペース、リサイクルショップ、シェアキッチン、障害のある子ども向けのデイケア、困窮者のためのシェルターなどを整備しようというのです。支援者、被支援者の関係を超えて互いに助け合い、交流する4階建ての施設を作る――そのプロジェクト総額は実に15億円にもなります。
施設には地域づくりコーディネイト室やボランティアセンターも併設される予定で、まさに行政や企業、家族にも対処できない自治の共空間を創出しようとしているのです。「コモン」を再生する自治力を磨くためには単に理論だけを論じていてもだめで、こうした地域の実践から展開するしかないと考えています。