プロデューサーとして大成功、寝る間も惜しんで働いた

2000年ごろ、それまでツアーをガンガンやってきたミスチルに、そこそこ長期間、ライブやリリースのない期間があったんです。

そのころの僕は、モーニング娘。などのプロデュースで、バンドとは違うところでノリまくっている時期でした。

毎週オリコンに僕のプロデュースする数々のグループや歌手の曲をランクインさせて、「やった!1位だ」「3週連続!」「ミリオンいったぞ!」などと、ワーワー盛り上がっていました。

そのころに出したモーニング娘。のアルバムが100万枚に到達して、自分の中でも「よし! よく頑張った!」「こんなこと、そう簡単にまねできないでしょ!」なんて思っていたんです。

毎週曲をつくってレコーディングして、自分たちのライブもやって、ハロー!プロジェクト(モーニング娘。やJuice=Juiceなど、アップフロントグループ系列の芸能事務所に所属するアイドルグループやアーティストの総称)のライブにも立ち会って……。

とにかく忙しく、本当に働き詰めでした。シャ乱Qの曲を含め、年間100曲くらいはリリースしていました。

充実感もあったし、数字的にもかなりの実績を残せていたので、ほかのアーティストと自分を比較する暇がなかったのも事実です。

凡人が天才に勝つために必要な「ライバル」の存在。つんく♂が「圧倒的な力の差を見せつけられた」とする大物アーティストとは?_3