飲酒が与える影響は本人の病気や健康だけとは限らない

エビデンスレベルの高いそうした研究報告や、権威ある医学雑誌での見解が発表される前から、世界保健機関(WHO)は、飲酒に対する強い警告を発していた。
2004年にWHOがまとめた報告では、飲酒が本人の病気だけでなく、交通事故や暴力、自殺などを誘発することに注目。「世界で年間250万人がアルコールに関連した原因で死亡」し、「アルコールの有害な使用は、すべての死の3.8%を占め、疾病負担の4.5%に関与」していると報告した。

2005年にはWHOが加盟国に対し、飲酒削減に関する有効な戦略とプログラムを開発するよう求め、国際的な話し合いがおこなわれた。
そしてスウェーデンが他42カ国とともに、アルコールを規制する国際基準を求める共同提案を出した。ところが世界の大手酒類メーカーが連携したロビイ活動をおこなった結果、アメリカや日本などの反対によって国際基準づくりは合意には至らなかった。

しかしその後も議論は重ねられ、2010年の第63回WHO総会において「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」が、全会一致で採択されている。
その“世界戦略”とは、広告規制、安売り・飲み放題の禁止・制限、課税や最低価格制による酒価格の引き上げなどを含む、具体的で幅広い対策を求めるものである。

WHOのそうした呼びかけに応じる形で世界の研究機関が積極的に動いた結果、前述のような研究報告が続々と出てくるようになったのだろう。

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社会から急激に締め出されたタバコに比べ、アルコール包囲網が緩やかな理由

とはいえ、アルコールをめぐるそうした世界的な動きや議論は、かつて、タバコに対しておこなわれた締め出しと比べると、ずっと弱いものだ。

今世紀初頭まで、我が日本を含む世界は、タバコに対して非常に寛容だった。しかし街での歩きタバコ禁止から始まり、非常に短期間のうちに、公共施設での分煙、そして禁煙化が進んでいった。
「一体どうしてこんなことになったんだ!」と憤る愛煙家はいたが、この動きに歯止めはかからず、現在のような(ことタバコに関しては)非常にクリーンな社会が実現するに至っている。

タバコをめぐるこうした動きは、2003年に成立し2005年から発効された、国連による「タバコの規制に関する世界保健機関枠組条約」をきっかけにはじまった。
世界168ヵ国が署名したこの国際条約に、日本も署名・批准しており、条約にのっとってその後の国内では、タバコ規制に関する法整備が進められていったのだ。
国際条約というのは、憲法に次いで国内の法律よりも優位とされる。つまり憲法の理念に反しない限り、あらゆる法律を“タバコ締め出し”の方向にシフトしなければならなかったのである。

2010年に採択されたWHOの「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」は、「タバコの規制に関する世界保健機関枠組条約」とは違い、加盟国への法的拘束力を持たないものだ。
タバコよりも歴史が深く、世界各国の経済、また宗教や文化にも深く根付く“酒”は、一筋縄で規制できるものではないという事情があるのだろう。
しかし、同世界戦略に賛同した加盟国に対しては、具体的な対策を練って積極的に取り組むことと、その進展について定期的に報告することが求められた。
採択から10年以上経過した現在は、アルコールに対する戦略の評価と今後の対策を練り直す時期になっていて、2022年には新しいアクションプランとして、「2030年までに全世界における有害なアルコール使用の20%削減」が掲げられている。

アルコールをめぐる世界的な動きについて、ごく簡単にまとめてみたが、これでなんとなく察しがついたのではないだろうか。
最近は日本でも、ノンアルビールをはじめとする“アルコール0”を謳った商品や、度数が非常に小さい“低アルコール”あるいは“微アルコール”飲料の市場が、にわかに賑やかになっている。
そんな動きの背景には、世界的に徐々に高まりつつある“減アルコール”“脱アルコール”化の動きのさらなる進展を見越し、酒類メーカーが手を打ちはじめているという事情があるのだと思う。