負けたときの悔しがり方が強烈だった

藤井八冠は2011年3月、小2で第8回詰将棋解答選手権チャンピオン戦に初出場。5回目の出場となった2015年の第12回大会では小6で全問正解の最年少優勝を飾っている。
この詰将棋の強さがその後、メキメキと頭角を現すひとつの原動力となった。

「藤井先生は詰将棋が得意ですから、終盤戦で相手を追い詰めるのがうまく、対局したときはこちらが序盤で有利な盤面を作らないといけませんでした。
私は年齢差があったからそれなりに分析と対策ができて藤井先生に対して勝率7割ほどでしたが、互角のまま終盤の局面までいってしまうと必ず負かされるので怖かったです。
研修会時代の藤井先生の印象は、いつか追いつかれるのではと感じる驚異的な存在でもあり、かわいい後輩でもありました」

ともに将棋に取り組む日々のなかで、ののさんは藤井八冠と将棋以外の話をしたことがほとんどなかったと言う。

14歳2ヶ月で最年少プロ棋士となった藤井八冠(撮影/共同通信社)
14歳2ヶ月で最年少プロ棋士となった藤井八冠(撮影/共同通信社)

「よく言えば、将棋のことばかり考えていて、悪く言えば、将棋以外にはまるで無頓着なタイプ。
藤井先生にとって将棋は、習い事とかではなく好きなものの最上位だったから生活のほとんどの時間を将棋に費やしているような印象でした。
それに家でひとりで将棋をしていても誰かに意見を求められない。だったら将棋仲間がいっぱいいる研修会に行って、そこで将棋のことをいっぱい話そうという気持ちだったのではないでしょうか」

とはいえ、当時の藤井八冠はまだ小学生。やんちゃで子どもらしい一面を周囲に見せることはなかったのか。

「それはやっぱり、負けたら将棋盤をグチャグチャにしたり、泣いて悔しがったりするところですかね。他の子たちにも同じような面はありましたけど、藤井先生は特に強烈でした。
泣き出したらおさまるまでけっこう時間がかかるから、次の対局の邪魔にならないよう師範の竹内先生に部屋の端に連れて行かれることも(笑)」

それほど本気で打ち込んでいたということだろう。

「みんな子どもながらにプライドがありましたから。まわりの子も藤井先生が泣いている理由はわかっているし、一対一の勝負の世界なので下手になぐさめの声をかけたりしませんでした。
私も自分より小さい子に負けるのは本当に嫌だったし、藤井先生に苦労して勝っても『年上だから当然だろ』と思われる部分もある。
だから年上の人間としては対局で当たりたくない相手でした」