86歳、父の苦悩
「ひきこもり」という言葉が一般的に知られるようになったきっかけは1998年、精神科医の斎藤環さんが『社会的ひきこもり 終わらない思春期』(PHP新書)を出版したのがきっかけだという(『親も子も楽になる ひきこもり”心の距離”を縮めるコミュニケーションの方法』〈中央法規〉山根俊恵著 27ページより)。
著者の山根さんによると言葉そのものは90年代はじめにはすでに使われていたが、当初は学校に行かない子どもや若者たちを示す言葉だったという。そして、これといった解決策がないまま30年の年月が過ぎた。
2019年、国は40歳以上の中高年のひきこもりの人が60万人にのぼるとの推計を発表した。ひきこもったまま、進学や就職の機会を逸してしまう「子ども」たち。そして親子がともに高齢化し、80代の親の年金などを頼りに親子が暮らす「8050家庭」が広がっている。
そんな当時から40年以上、子どもの「ひきこもり」と向き合ってきた86歳の父親に話を聞くことができた。
待ち合わせ場所はある大都市近郊の駅前の喫茶店。父親は駅までの電車の乗り換えルートから、待ち合わせ場所への道順までを事前に、簡潔で分かりやすいメールで知らせてくれた。
父親によると、1960年代生まれの息子(50代)がひきこもるようになったのは40年近く前、高校1年生の時だったという。
最初の兆候は、朝起きなくなったことだ。
「ひきこもりという言葉はまだなく、甘えや怠けだと思っていたんです」
やがて息子はまったく登校しなくなり、まずは高校に相談に行った。だが、学校側もこれといった原因も思い当たらなかったようだ。その後は教育委員会へ行き、そこで紹介された県の福祉窓口、不登校の子を持つ家族の会……と次々に相談先を訪ね歩いた。