ひきこもりから脱したが、仕事でミスを連発
22、3歳の時、家を出た。彼氏ができて一緒に住み始めたのだが、彼の仕事が忙しくなりうまくいかなくなって、結局、実家に戻る。再び、家を出たのは20代半ばだ。最初に勤めたIT関連会社で同僚の男性と仲よくなり、彼の家に転がり込んだのだという。
「母親はもともと変な人だから、もうこれ以上、一緒にいられない。じゃあ、出るしかないと必要に迫られて。ただ、結婚しているわけではないので、何の保証もないです。養ってもらっているわけじゃないから、自分の生活費は自分で。家賃は払ってないけど、追い出す気もないみたいなので、そのままいるだけです」
10年以上に及んだひきこもり生活は、こうしてあっさり終わる。だが、本当に大変だったのは、ひきこもりから脱した後だ。
仕事は事務職のアルバイトだったが、ミスが異様に多かった。書類仕事をしながら電話を取ると、担当者へ伝言するのを忘れてしまう。棚卸の手伝いをして店舗の商品のバーコードを機械で読み取ると、なぜかカウントミスをする。しかも、いくら注意していても、同じ失敗を何度も繰り返してしまうのだ。
後に、川原さんは発達障害の一つであるADHD(注意欠陥/多動症)と診断されるのだが、働いていたときは「何でうまくいかないんだろう。まあ、不器用なんだろうな」とあまり深く考えなかったという。
ただ、困ったのは、同僚の1人に徹底的に嫌われたことだ。
「もともとその職場のボスみたいな女の人で、ガタイもでかくて、なんか、私の存在自体がムカついたみたいです。私はデータ入力がまあまあ早かったから、ミスはあってもしょうがないかという感じで雇われ続けていたのも、許せなかったみたいです。たぶん、その女性も発達(障害)だったんだと思います。多動だし、人に対して乱暴だし。
もちろん、その女性は自分が発達なんて、自覚はないですよ。当時は私もわからなかったけど、でも、今ならわかります。どこに行っても、ああいうタイプの女の人によく目を付けられるんですよね」
その会社は2年ほど勤めて辞めた。大手に吸収合併されて、会社にゆとりがなくなり、ミスの多い川原さんは居づらくなったからだ。その後は、コールセンター、飲食店など仕事を転々とした。