「二度と声は出ないと思っていた」と一日中泣き続けた

刑務所を出所後、青葉被告は更生保護施設で過ごしたのち埼玉県内のアパートに移り住んだ。京アニ放火事件を起こす4日前、このアパートで近隣住民とトラブルになった際、青葉被告は近隣住民の胸ぐらをつかみ「もう失うものはねえから。余裕ねえんだからよ」と言い放ち、京都へと向かい、凶行に及んだのだ。

そしてガソリンをまき、火を放って多くの犠牲者を出し、自身も体の9割以上に重いヤケドを負って、京都からドクターヘリで緊急治療室へと運ばれた。生死の境をさまよっていた青葉被告が意識を取り戻したのは事件から1ヶ月ほどたったころだという。この頃は呼びかけに応じることしかできなかったが、じょじょに話ができるようになっていった。

青葉被告は「二度と声は出ないと思っていた」と一日中泣き続けたという。担当医は多くのメディアのインタビューに答えており、その中で「事件時に身につけていたウエストポーチ周辺のごく一部の皮膚がやけどを免れていた。残った皮膚を培養して増やし、シート状にした表皮を移植する手法をとった。平成以降最悪の犠牲者をだした容疑者で、失敗できない重圧のなか手術をおこなった」「なぜあんな事件を起こす状況になったのか。全てを法廷で語ってほしい」と語っている。

公判がおこなわれる京都地裁(写真/共同通信社)
公判がおこなわれる京都地裁(写真/共同通信社)

公判の争点について前出の社会部記者が解説する。

「検察側は青葉被告に刑事責任能力があったとみていますが、弁護側は青葉被告が事件当時、心神喪失だったとして無罪や減刑を主張するとみられています。公判は来年の1月25日の判決までに予備日をのぞいて24回開かれる見通しになっています。公判には多くの遺族が被害者参加制度を利用して参加すると思われますし、遺族が直接青葉被告に質問する機会もあります」

青葉被告の口から何が語られるのか。まもなく開廷される。

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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班