いつの間にか治っていた対人恐怖
彼女が座る席の近くには、母親が女の子を抱きながら一緒に眠っていた。眠っているはずの母親なのに、柔和な表情で、すやすやと寝息を立てている女の子を見つめているかのようだった。
「あんなにやさしそうな眼差しで母が私のことを見てくれたことなんて、ないように思いました。私は、母に理解してもらおうと、がんばっていました。だけど、それは無理でした。そんな自分を理解したから、いままでのことは、もうどうでもいいです。叶いもしない願いのために、私は一生懸命だったんです」
彼女は、その小旅行の一部を私に聞かせてくれ、そしてこう付けくわえた。
「よく、がんばってきたんだと思います、私は……」
母親をたしかめに行った日から、また数週間が経った。
「もう少し、自分を褒めてあげようと思います。私は、あの家のなかでよくやってきたと思います。あの母のもとに生まれた自分がかわいそうに思えました。いまは、私が子どものころの私の母親になって、抱きしめて、頭を撫でてやりたいと思います。えらかったねと、言ってあげたいです。よく、ひとりでやってきたんだよと、言ってあげたいです」
――そう言って、彼女は静かに泣いた。
そういえば、彼女の最初の主訴であった対人恐怖は、いつの間にか治っていた。電車に乗ることができそうだという。もうしばらくしたら、就労移行支援事業所に通おうと思っていると報告してくれた。
「この前、久しぶりに家の近くの駅前を歩きました。いままでは、みんなが私の悪口を言っていると思ったんです。だけど、よく耳をすませると、私のことなんか話していないんですよ。当たりまえですよね。みんな、『今日のご飯どうしよう』とか『仕事を休みたい』とか、そんな話題でした。
いままで、自分が悪いという固定観念しかなかったですけど、それがなくなりました。私は、悪いことなんてひとつもしていませんでした。だからもう少し、胸を張って生きようと思います」
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