吸い込まれるように踏切のなかへ……
穏やかな平日の朝。丸山さんは彼女が住む町から電車でどんなに早くても2時間はかかる静かな町にいた。沿岸部に位置するその町は、都市と都市との中間に位置していて、列車の往来はそこそこに多い。小さな駅舎からは海が見える。
急行列車が往来する踏切の前に、見知らぬ女性が佇んでいた。その姿を近くで商店を営む男性が目撃していた。きっと、近所では見たことのない顔だと思ったのだろう。
踏切が開いても渡ろうとすることなく、ただその場にじっとしているだけの彼女を怪訝に思っていたそのとき、轟音とともに列車が踏切に進入してきた。彼女は、踏切のなかへ吸い寄せられるように向かっていった。
間一髪のところ、必死に駆け寄った店主によって彼女は踏切から引きずりだされた。その光景を見ていた周りの通行人らが集まって、ちょっとした騒動になった。それに気がついて、近くの交番の警察官が駆けつけた。
彼女の手荷物を確認した警察官が、福祉事務所に連絡し、担当のケースワーカーが迎えに行った。
「気づいたら交番にいて、え! ここどこ! って。そうしたらお巡りさんが『ようやっと気づいた、よかったよかった。なにを話しても反応しないし、ただ涙だけ流すし、心配したんだから。いま、福祉事務所の担当の人が向かっているからね』って。ケースワーカーさんにも申し訳なくて。あのまま電車に轢かれていてもよかったんですけど……」
自分の身に起きたことのはずなのに、どこか遠くの出来事を語るような客観的な口調だったことが、やけに印象的だった。