国民の知る権利を侵害する「内閣記者会」

この事実が明らかになってから首相会見が開催されるまでの3日間で状況が大きく改善していない限り、同会見での岸田総理の「マイナ保険証を保有していない方もこれまで通り保険医療を受けられる」という主張は根底から崩れることになる。大前提である「マイナ保険証を持たない全員への資格確認書の送付」が不可能なのだから。

トラブル続出のマイナ保険証にさらなる疑念。マイナンバーカードを返納すると「無保険者」になる⁉_3

この矛盾を総理に問い質すために8月4日の首相会見で筆者は真っ先に挙手し続けたが、最後まで指名されないまま終了。会見3日前に露呈していた致命的な制度欠陥にも関わらず、会見で話題に挙がることはなかったため、多くの国民は問題の深刻さに気付いていない。

では、会見ではどのような質問が挙がったのか。 指名された全8名のうち5名は当日最大の関心事である保険証廃止に言及したものの、残念ながら総理のお考えを受け身で拝聴するスタンスの質問が大半を占めた。

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【テレビ朝日】総点検の結果を踏まえて、保険証廃止の延期はあり得るのか? また、将来的にはマイナ保険証に統一するのか、それとも資格確認書と併用するのか?

【朝日新聞】これまでのマイナンバーへの取組の反省点は? 関係閣僚は続投して対応するのか?

【日経新聞】マイナンバーの紐付け誤りが全体に占める割合や数は? 人為ミスがゼロになることはあり得ないと説明してないことが国民不安の原因という見方もあり、ごく少数のミスがあってもそれを上回るメリットがあればマイナ保険証を推進すべきと国民から声が挙がって然るべきだが、国民の理解が広がらない原因は?

【TBS】資格確認書は有効期間を除いて現行の紙の保険証と変わらないため野党からは必要性について批判が出ているが、紙の保険証との差別化は考えているのか?  運転免許証など他のマイナンバーカード一体化のプロセスも見直すのか?

【日本テレビ】マイナトラブルに関する国民不安の一番の原因は? マイナトラブルによって日本のデジタル化が遅れるという国民不安もあることについては?

出典:2023年8月4日 首相会見 マイナンバー関連質問(筆者要約)
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筆者が懸念していた致命的な矛盾を誰も指摘しないばかりか、マイナ保険証の制度欠陥(資格確認書は紙の保険証と同じ)に辛うじて言及したのはわずか1名(TBS)。

日経新聞に至っては、国民の理解不足に責任転嫁してまで「紙の保険証廃止」の後押しを意図したと判断せざるを得ない質問内容だった。全体的に質問が緩いため、岸田総理は冒頭に読み上げた原稿の使い回しで回答を済ませる場面も多々あった。

*質疑全文は首相官邸ウェブサイト参照

この会見では指名された全8名のうち、実に7名を内閣記者会常勤幹事社19社が独占した。この事実が示す通り、首相会見では総理の考えを受け身で拝聴するだけの質問をする内閣記者会(テレビ、新聞等のいわゆる「大手メディア」)が指名されやすい傾向にある。

*約2年間の首相会見36回分の指名状況の偏りを筆者が定量的に検証した結果は、集英社オンラインに寄稿した記事『なぜNHKの記者ばかりが指名されるのか? 指名回数のデータ化で見えた「不公平」と「メディア間格差」』(2023年1月31日)参照

結果、総理の回答は現実と著しく乖離した一方的主張の垂れ流しが大半を占め、国民生活に深刻な影響を与える問題(今回の会見で言えば、「資格確認書の全員送付」という大前提が崩れていること)に国民が気付く機会は奪われ続けている。内閣記者会はもはや国民の知る権利を侵害する存在と言える。


文/犬飼淳