次がない

シェリーさんは現在、東京都内で家賃8万円、収納設備もないワンルームに住み、生活費を切り詰めるため、すべて自炊している。大学から出される奨学金は月30万円。

「すごい!」

このコロナ禍でも? と、私は思わず声を上げてしまったが、シェリーさんは、

「それって多いんですか?」

不思議そうに言った。この奨学金は個人の借金にならず、返済の必要がない。その奨学金のなかから家賃と生活費と仕送りと、研究用の経費を支払う。研究に使う海外の書籍は、1冊数万円もするので、できるだけ図書館の本を利用している。

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写真はイメージです

奨学金をもらうために海外のいろいろな大学にアプローチをし、受け入れてくれるところへ行って、また研究を続けるため、シェリーさんは日本にこれから先、ずっとはいないかもしれない。報酬のない論文を書いたり、あちこちの学会に参加し続けるのは、「名誉と履歴書に載せるキャリアのため」だそうだ。それが、研究生として海外の大学に迎えられるための大切な要素となる。出版社用の原稿も、2万~3万円しか原稿料をもらえない。

「だから、いっぱい原稿を書いて出版したり、たくさんの学会に行ったりしないと次がないんです」

次がない──。

この言葉が、いかに研究生の世界が厳しいかを私に想像をさせた。学会に参加する費用も交通費も、すべて自分持ち。自分に投資するようなものだ。日本は物価が高いから、外国人であるシェリーさんが、交通費を捻出するのも大変なことだろう。

今回、シェリーさんが大阪市内で開かれている2日間の学会に参加することを聞き、初日の夜に時間を作ってインタビューに応じてもらえることになった。経費節約のため、シェリーさんはかなり遠くのホテルに宿泊している。

「今日、私、発表したんですよ。締め切りギリギリまでずーっと準備していて……」

研究の話になるとシェリーさんは、パッチリした目をさらに大きくして輝かせる。本当に相当に、よっぽど研究が好きらしい。1人を見てすべてとは言えないが、女性は何かはまっているものがあると、恋や結婚は二の次になりやすいのかもしれないと、私はすこしだけそんな気がしてきた。そのはまっているものが、シェリーさんにとっては研究なのだ。