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壁の向こう側へ

2018(平成30)年11月、私は受刑者の取材を始めた。きっかけは熊本刑務所を見学したことだった。

これより約1年半前、初任地であるNHK熊本放送局に配属された私が最初に担当する
ことになったのは、他の新人記者に違わず、主に事件や事故、それに裁判などを取材する、いわゆる「サツ担」だった。

今でこそ、新人記者が県庁や市役所など行政の取材を担当したり、経済や災害などの多岐にわたる分野で機動的に取材ができる「遊軍」を担当したりすることもあると聞く。ただ、当時の熊本で私の周囲にいた新人記者は、地元の新聞社をはじめ、テレビ局も全国紙も、みなほぼ例外なくサツ担だった。

新人記者がサツ担になるのは、警察など当局を中心に取材し、同業他社よりも早く情報をつかんだり、記事を書くのに必要な5W1Hの要素を確かめたりすることで、記者としての基本的なスキルを身につけさせることが狙いにあるとよく言われている。

残念ながら、私は特ダネを“すっぱ抜ける”ような優秀なサツ担ではなかったが、日々様々な現場を飛び回ることにはやりがいを感じていた。

ただ、私はたびたび日頃の取材の仕方に、疑問を感じることがあった。

通常、事件の容疑者が逮捕されたり、交通事故が起きたりすると、警察から各報道機関に対して「広報文」というメディア向けの〝お知らせの紙〟が投げ込まれる。すると、各報道機関のサツ担は、一斉に事案を管轄する警察署などへ取材を始めることになる。そこで聞いた話は「警察によりますと……」という形で記事化されていく。

もちろん、事件や事故の現場などで、目撃者や知人を探して証言を集める「地取り取材」を行うこともある。しかし、事件記事の本筋はあくまで警察の発表を軸に展開されることが多い。裁判が開始されるまでの間で、最も情報が動くのは警察の捜査であり、多くのメディアはそれを重要なニュースの情報源としているからだ。一歩引いてみるならば、当局の発表にニュースが依存しやすい構図になるとも言える。

そういった中で、私はどこか「加害者」と呼ばれる人々との距離の遠さを感じ、取材の手触りがないと思うことがあった。

容疑者が被告人として公の場に現れるのが裁判だ。法廷で次第に明らかにされていく犯行の動機、そして被害者の話を聞いていると「なんてひどい事件だ」「許せない」と自然と怒りがこみ上げてくることがある。

一方で、老老介護に疲れ、配偶者を楽にしてやりたいと思い殺めてしまった事件や、グループ内でいじめられた結果、カッとなって相手を傷つけてしまった事件など、被害者の生い立ちや境遇、犯行の動機や背景などを知ると、どこか気の毒に思えてしまうこともあった。

「誰かが助け船を出していたならば犯罪は起こらなかったのではないか」「支援がない社会
構造にも加害者を生み出す要因があったのではないか」。そんな不条理も感じていた。

とはいえ、法廷で事件を起こした本人に直接話を聞けるわけではない。法廷では、被告人と傍聴席との間には腰の高さほどの柵があるだけ。だが、そこには目に見えない大きな隔たりがあった。

なぜ事件を起こさねばならなかったのか。判決確定後に、加害者は刑務所の中でどのように過ごし、更生していくのか。

こうした素朴な疑問から、私は熊本刑務所の門をくぐることにしたのだった。

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