いつまでも続く「戦後」

第二次チェチェン戦争は1999年から2009年まで10年間続いたことになっているが、実質的な戦闘は2002年には終わり、あとは山岳地帯に立て籠もった少数・小規模のゲリラをロシア側が掃討する戦いに移っていた。つまり、ロシア国民の感覚では2002年頃までの戦争だったと言っていい。

しかし、『チェチェンへようこそ』の舞台は2020年代だ。戦争が終わって、20年が経った現在に、まだ戦争による占領下の圧政が続いている。ウクライナで、戦闘ではなく、戦闘が終わったあとの占領下で蛮行が繰り広げられた事実と重なるところがある。

ロシア本土では、これまで同じようなことが繰り返されてきた。第二次世界大戦の独ソ戦を生き延びた激戦地の人たちを待っていたのは、スターリン政権による「対独協力者」への復讐だった。「対独協力者」の多くは、実際にはナチス・ドイツへの協力者ではなかった。スターリンから一方的に疑われた民族が丸ごと対象になったのだ。

「враг народа(人民の敵)」という語を旧ソ連の誰もが知っている。1944年2月以降、スターリンから敵性民族と認定されたクリミア・タタール、イングーシ、チェチェンをはじめ11の民族の全人口が、財産を持ってゆくことも許されず、シベリアや中央アジアへ強制連行された。その数330万人。

移動過程や移動先で、全人口のおよそ3分の1が餓死、凍死した。これらの地域では、ドイツとの戦闘は終わっていたはずだった。

希望はどこにあるのか

結論を言うと、ロシアに戦争で負け、降伏すると、戦争を続けていた頃よりもさらに生き延びる可能性は小さくなる。

現在も、ウクライナの民衆はロシアへの獅子奮迅の抵抗戦争を続けている。日本や海外の「Pacifist(平和主義者)」の中には、武力で抵抗すると市民の犠牲が増えるから、抵抗をやめるべきだ、と主張する人たちも多い。ロシアの歴史と、プーチンという人物のプロファイリングからいうと、これは間違いだ。徹底的な抵抗だけが犠牲を減らせるのだ。

では、すでに武力抵抗が終わっているロシア本土やチェチェンでは、どうすればプーチンやカディロフによる「気に入らぬものへの粛清」から逃れられるのか?

その答えがこの作品に描かれている。虐げられたものたちは連携し、協力し、組織化し、隠れ家を作って、命の危険を冒しながら脱出するしかない。そうしながら、世界にファクトを伝えてゆく。そして、亡命先で生き延びて、いつかプーチンを倒す機会を待つ。それは、チェチェン独立派の僅かな生存者たちと同じ選択だ。

ロシアに占領された国「チェチェン」が映し出すプーチンの支配とウクライナ戦争の未来 映画『チェチェンへようこそ』_d
性的少数派を支援する活動家自身も、常に身の危険に晒されている。 『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』 ©️MadeGood Films

この映画の登場人物の活動は、取りも直さず、圧制下で多くの良心ある市民が辿ってきた闘いの新たな1ページだ。

自由を求めたチェチェン人だけでなく、リトビネンコ、ポリトコフスカヤ、ネムツォフ、多くの高潔なロシアの民衆が暗殺に倒れた。しかし、1人が暴君の手にかかっても、ユーラシアの大地から100人の英雄が立ち上がって、暴君に抗議の声をあげる。

強大なロシア帝国も、ソ連も、立ち上がった民衆によって打倒されてきた。プーチンは自分の運命をよく知っている。今は強力な武器を操るウクライナの民衆が、敵味方に大きな犠牲を強いながら、プーチン暴政の「終わりの始まり」を決しようとしている。夜明けが来ることを祈って待つしかない。

ロシアに占領された国「チェチェン」が映し出すプーチンの支配とウクライナ戦争の未来 映画『チェチェンへようこそ』_e


『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』(2020)
監督/デイヴィッド・フランス
配給/MadeGood Films

ロシア支配下のチェチェン共和国で国家主導の”ゲイ狩り”が横行している。同性愛者たちは国家警察や自身の家族から拷問を受け、殺害され、社会から抹消されている。それでも決死の国外脱出を試みる彼らと、救出に奔走する活動家たちを追った。本作品では、被害者の命を守るため、フェイスダブル技術を駆使し身元を特定不能にしている。

2022年2月26日より、全国映画館にて上映中
https://www.madegood.com/welcome-to-chechnya