引き延ばさずに描き切った、108巻の超大作

新田氏は漫画家が必ずと言っていいほど行うネームの作業をせず、いきなり原稿用紙にマンガを描いていたという。

「頭の中でストーリーが全部出来上がっているんですよね。話を考えることに関しては困らないと言っていましたし、編集者が下手にあれこれ言うのはマイナスだと思うので、原稿はほとんど本人にお任せでした。細かい編集者だったら『サングラスひとつでキャラが変わるのはおかしい』って言うかもしれないですけど(笑)、のびのび書かせてもらえたのがよかった、と本人もおっしゃっていました」

編集者から細かいオーダーはせず、描きたいように描いてもらう。おおらかな時代の空気も相まって、新田氏は思う存分『静かなるドン』の執筆に集中することができた。大手出版社の漫画雑誌と違い、アンケートの人気や打ち切りのプレッシャーに左右されずに連載を続けられたのもプラスに働いたという。

「サラリーマンの悲哀や辛さも描いた作品だったので、『週刊漫画サンデー』の読者層にも合っていて、大切に読んでくれたんですよね。若い読者が多い雑誌だったら、もしかしたら途中で続けられなくなっていたかもしれない。そういう意味でも、うちの雑誌が合っていたんじゃないかと思います」

なぜ『静かなるドン』は電子書籍で爆売れしているのか!?年間6億円超の大ヒットの理由(前編)_2
サラリーマンの悲哀も愛される要素のひとつ

連載当時の『静かなるドン』は、雑誌の売上を牽引するドル箱作品だった。出版社としては是が非でも連載を継続させたかったはずだが、108巻を迎えたところで『静かなるドン』は大団円を迎える。

「新田先生はずっと、無理に引き伸ばして作品がグダグダになって終わるよりも、きちっと綺麗な形で終わりたいとおっしゃっていました。もちろん編集部としては続けたい気持ちはありましたが、結果的に新田先生も余力を残して存分に描き切ることができたと思います」

世の中の多くの漫画作品が打ち切りという形で連載を終える中で、『静かなるドン』は漫画家にとっても読者にとっても幸福な作品だったと言える。無理に引き伸ばさずにしっかり物語を描き切ったことで、高いクオリティを維持したまま全108巻の長編作品として完結した。

そしてこの引き際が結果的に、電子版の大ヒットにもつながっていく。

後編 (昭和、平成の連載作品が令和の今も色褪せない理由)へつづく

取材・文/山本大樹 ©新田たつお/実業之日本社