「黒い雨の被害は、軽んじられていますよね」

今回、「第二次『黒い雨』訴訟」に参加する岡久郁子さん(82)の思いも、ここにある。裁判を通して訴えたいことは、黒い雨に対する《差別》の是正だ。

手帳取れずに死去した夫 救済阻む「黒い雨」差別_4
原告団結成集会でマイクを持つ岡久さん=広島市内で2023年4月15日午後2時10分、筆者撮影
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岡久さんは、爆心地から西に約15キロ離れた旧砂谷村で黒い雨を浴びた。あの日の朝、診療所を入ったところで「ドーン」と、大きな音がした。慌てて外に出ると空が真っ赤で、ゴミが次々に降り落ちてきた。焦げた紙が多く、活字が印刷されたものもあったという。

黒い雨の援護拡大を求める運動は長く支援してきたが、「大病」を患ったことがないため、裁判への参加はためらっていた。しかし、広島高裁判決を機に、手帳の申請を決意。病気の有無を問わず、原告全員を「被爆者」に認めた判断に励まされたためだった。

それなのに、新制度では「疾病要件」が課せられた。岡久さんは甲状腺に異常があったが、要件を満たす「甲状腺機能低下症」との診断には至らなかった。

「黒い雨の被害は、軽んじられていますよね。他の被爆者には課していないことを、どうして私たちには求めるのか……。これは、明らかな差別だと思います。そういうことを、裁判では訴えたいんです」

第一次「黒い雨」訴訟は、確かに多くの黒い雨被爆者を救った。被害者を「切り捨てる」運用を続けてきた被爆者援護行政を問いただし、転換を迫った。しかし、第二次訴訟に立ち上がった岡久さんたちを見て思う。「被ばく者」は、本当に救われたのだろうか、と。

この問いを追究するためには、もう一つの被爆地である長崎にも足を運ばなければならない。次回の報告は、「二重、三重の差別」に抗う長崎の闘いを伝える。

文/小山美砂

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