「パーキンソン病以外の病気なら……」

それでは、どのような病気が対象になっているのだろうか。以下がその一覧だ。

手帳取れずに死去した夫 救済阻む「黒い雨」差別_2
広島県健康福祉局被爆者支援課による資料(https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/life/856677_8050332_misc.pdf)、および厚生労働省の「健康管理手当」(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/genbaku06/02.html)をもとに編集部作成

通称「11障害」とも呼ばれている。「疾病要件」を満たすにはこのいずれかの診断を受けなければならない。これ以外の疾病ならどれだけ重い病状であろうと、手帳の交付は退けられてしまう。

「夫は、点滴で生かされているんです。どうしても手帳を渡してあげたい」

1月、弁護団や支援者でつくる「原爆『黒い雨』被害者を支援する会」が開いた相談会に訪れたHさんは、目元を潤ませながらそう話した。

この時82歳だったHさんの夫は、2022年12月に手帳の申請を却下された。夫はパーキンソン病を患い、1年以上の入院生活を送っている。寝たきりで、発語や食事も難しく、「明日の命もわからない」状況だ。しかし、パーキンソン病は「11障害」には加えられていなかった。

夫が黒い雨に遭ったのは、5歳の時だった。

自宅は、爆心地から北西に約20キロ離れた旧上水内村にあった。当時1歳だった弟と家の前にいたところ、ゴミがたくさん降ってきて、母親に「ゴミが降ってくるけ、入りんさいよ」と言われたそうだ。

夫は元気だった頃、こうした体験をHさんや長男に話してくれていた。だが、上水内村は従来の援護対象区域の外側にあり、「被爆者」にはあたらなかった。Hさんは「入市被爆者」(原爆投下後2週間以内に、救護活動や家族を探すためなどで爆心地近くに立ち入った人)に認められて手帳を取得していたので、長男は幼心に「なんで同じ原爆におうとるのに、親父は持ってないんかの」と疑問を抱くこともあったという。

2021年7月、区域外にも黒い雨が降った可能性を指摘し、より広い範囲にいた人も救済するよう命じた広島高裁判決が確定。夫と同じ上水内村では、原告団長を含む原告3人が「被爆者」に認められた。2022年4月から運用が始まった新制度でも、上水内村は援護対象に加えられた。

「病気で苦しんでいる夫に、手帳を持たせてあげたい」

Hさんは、夫の申請書を代筆した。だが、ぶつかったのが「11障害」の壁だ。対象となる病気を患っているかどうかを、医師による診断書で証明する必要があった。

2004年に診断を受けたパーキンソン病は、対象外。ただ、手術歴があれば要件を満たす白内障は、7年ほど前に治療を受けていた。診断書を書いてもらおうと手術を受けた眼科に依頼するも、「カルテが残っていないため、証明ができない。本人を連れてきて、眼を見せてもらわないと」と言われた。Hさんは「夫は寝たきりで、動かせないんです」と訴えたが、請け負ってもらえなかった。

結局要件を満たすことはできず、却下されたのだった。

「夫のことばかり考える。どうしても私があきらめきれないんです」

相談会でHさんはそう話していたが、その後、夫の容態が急変。この2月に帰らぬ人となった。「被爆者」と認められることは、ついになかった。

他方、原爆投下当時一緒にいた弟には、夫の死後、手帳が交付された。Hさんは「弟が認められて、少し胸の内が収まった」とほほ笑むが、わだかまりが残る。

「パーキンソン病以外の病気なら、手帳はもらえていたんでしょうね……」

長男も、「先がない、という人がたくさんいると思う。適正、公平に判断して、交付すべきものはしてほしい」と話している。