IT、AIを取り込むことなしに生産性向上はありえない

――米セントルイス連邦準備銀行のデータを参照して「アメリカでは所得の中央値は21世紀に入ってから横ばい傾向にある」と書かれていましたよね。アメリカでは給料が上がっているのではないかと思ったら、所得が多い人がグッと多くなっているから「平均値は上昇している」、そしてその生産性上昇に貢献しているのがIT、AIだと。これだと、「AIが発展しても上澄みの人は儲かるかもしれないけど、格差が広がるだけだ」という声もありそうです。

井上 工業化の時代には先端的な技術を使う現場でも労働者が大量に必要とされ、農村から次男、三男が出ていって工場で勤務し、冷蔵庫や掃除機などの家電製品、あるいは自動車などが続々と作られました。製品が売れると労働者の給料が上がり、さらに購買力が増して製品が売れるという好循環が見られました。

ところが、今は先端的な技術であるIT、AIは、部分的には雇用を作っていますが、破壊している部分も大きい。今世紀に入ってから、アメリカでは各企業の経理や旅行代理店、コールセンターのスタッフなど、いわゆる中間層が従事していた雇用がテクノロジーに奪われていきました。職を失ってから先端技術をマスターしてIT産業に移行できた人も一部いたものの、多くは給料の低い肉体労働に回りました。だから一般的な労働者の賃金は上がらなかったのです。中間層の仕事が減って低所得層と高所得層の仕事が増える二極化(ポラライゼーション)が起こりました。しかも低所得層のほうが、より増えています。これは日本でも同様です。

ではIT、AIを使わなければいいか。使わなければ、国際的に見てすでに低い日本の生産性がさらに停滞するだけですから、積極的に導入せざるを得ないでしょう。日本は工業の生産性向上率については高いのですが、GDPの7割を占めるサービス業ではIT、AIの普及率が低い。そこでIT、AIを使って「人間がやるしかない」と考えられていた仕事を代替することが重要です。日本は英米と比べて、たとえばクラウド会計の導入率すら圧倒的に低い状態にあり、IT、AI普及率が低いために生産性が上がっていません。

IT、AI人材育成の失敗は国防上の危機も招きかねない

――国家単位で見たとき日本に必要なことは?

井上 教育と研究開発、特に理系分野に予算を割くことです。自らが先端的な技能を身に付けて新しい研究開発をし、それをサービスとして展開する高度な能力を持った人材を生み出せない国の所得、経済成長は軒並み停滞しています。しかも、ものづくりの科学技術は積み上げが大事でしたが、ITは政府が音頭を取って国民がやる気になりさえすれば身につきます。

だから、発展途上国が一気に先端技術を導入して先進国を追い越すような「リープフロッグ」と呼ばれる現象も起こる。たとえば、ケニアのM-PESAは携帯電話でお金を送り合うことができるサービスで、銀行口座を持たない人にもキャッシュレス決済を普及させました。またルワンダは内紛でひどい虐殺が起きていた国ですが、今では薬をドローンで運んだりしています。ですから、果敢にIT、AIを採り入れないと日本だけが全世界的に見て進んでいない状態になりかねないのでしょう。

日本では新しいことにチャレンジしない「デフレマインド」が労働者にも企業経営者にも政府にも染みつき、お金を出し渋るようになってしまいましたが、そこから脱却しないと今後日本が飛躍することはできません。経済力と科学技術力の衰退は安全保障上の脅威も高めます。

――個々人のレベルでAIによる激変の時代に対してできることはありますか?

井上 まず、AI知識を身に付ける。AI時代に残りやすい仕事の分野は「クリエイティビティ」「マネジメント」「ホスピタリティ」の3つです。このうちどれが自分は得意かを意識して伸ばしていく。ただ、それらの分野にもAI、ロボットは進出してきます。たとえば、音楽であれば、ありきたりな楽曲ならすでにAIでも作れますから、人間に求められるハードルは上がっています。また、言語に関わる部分は比較的守られていますから、ここの涵養(かんよう)も重要でしょうね。

取材・文 飯田一史

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