映画館で起こるロマンティックなミラクル

『カイロの紫のバラ』(1985)The Purple Rose of Cairo 上映時間:1時間22分/アメリカ

映画館は人生に奇跡をもたらす魔法の場所。世界の名匠が描いてきた、映画と映画館愛に満ちた傑作5選_3
Everett Collection/アフロ

舞台は1930年代のニュージャージー。失業中の暴力亭主との生活を支えなくてはならないセシリア(ミア・ファロー)が唯一、現実逃避できる場所は映画館。彼女がギル(ジェフ・ダニエルズ)という俳優が主演の『カイロの紫のバラ』を夢中で見ていると、突然、スクリーン上の主人公トムが彼女に話しかけてきて、さらにはスクリーンから現実世界に飛び出してきてしまう。

彼女はトムとロマンチックなひと時を過ごすものの、映画の中では主人公の失踪により、ストーリーが滅茶苦茶になってしまう。事態収拾のために映画の製作陣と主演俳優ギルがその街へやってくるのだが、今度はギルが彼女に惹かれてしまう。

この映画は、舞台上(スクリーン)と観客席とを分ける“第四の壁”と呼ばれる一線を越えて、映画の主人公が飛び出してしまう面白さと、映画で役を演じていた俳優が現れて、どちらもヒロインに恋に落ちるという、不思議な三角関係(ギルとトムはどちらもジェフ・ダニエルズが演じている)の面白さで知られている。

ウディ・アレン監督の最も脂の乗り切っていた頃の作品だが、ベースとなっているコンセプトは、映画館の暗闇は人生に幸せをもたらしてくれる場所に相違ない、という信念だろう。

最終的にセシリアの恋はどちらとの間でも成就しないものの、彼女は次に上映している『トップ・ハット』(1935)のフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの軽やかな踊りに目を輝かせて物語は終わる。

現実世界ではヒロインも、ウディ・アレン監督も問題山積だが(監督は養女への性的虐待疑惑により、#Me Too運動以降、映画界から距離を置かれている)、映画館の暗闇で映画を見ているときだけは幸せな時間に浸れるのだ。